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エドアルドフォラヤンとフィリピンで約束したこと

1月24日から27日までエドアルドフォラヤンを訪ねて、フィリピンのバギオに行って参りました。エドアルドフォラヤン、マークサンジャオ先生率いるチームラカイのメンバーに歓迎してもらって感謝しています。心から感謝します。ありがとうございます。

本当は帰国してからすぐに気持ちを書き記すのが良いかと思ったのですが、自分の中で整理して、考えて書き記しておきたかったので、少し時間を空けて書き記すことにしました。

今回、エドアルドフォラヤンと話がしたいと思って、わざわざ時間と費用を掛けて、そこに撮影スタッフまで巻き込んでまでバギオに行ってきた理由は、僕とフォラヤンのお互いにキャリア終盤で戦績的には苦境と見られる状況において、何をどう考えていて、どこにどう向かおうとしているのか話がしたかったからです。辞める話をしようとしたわけでもなく、続ける話をしようとしたわけでもなく、ただただ今思うことを話して伝えて、そこで出たものを感じたいと思って行ってきました。

ただ話すだけであれば、マニラ大会の際に行って話したり、大会で一緒になったときに話せば済むし、効率だけを考えるのであればリモートでやれば済むと思うのですが、今回は時間を掛けてもバギオに行って話したかったのです。その理由は表面的な意見交換ではなく、数日間一緒に過ごさせてもらって、練習を一緒にさせてもらって、食事を一緒にして、関係地を築いた仲で本音での話をしたかったからです。好意や尊敬は表面的なものではなく、接していく中で自然とあらわれるものだと僕は思っているので、好意や尊敬を口に出すよりも実際に会って感じ合うものです。そもそもお互いに格闘技選手だから練習を一緒にするのが互いを理解する上で一番早いのです。

僕とエドアルドフォラヤンはみなさんご存知の通りで3度も試合をしています。試合をすれば友情が芽生えるみたいな話はよく聞く話ですが、試合をしたからと言って全員と何かが通じ合えるわけではありません。僕はフォラヤンの他にも2度3度と試合をしている選手はいますが、嫌いではないけれど、特段仲がいいわけでもありません。20年のプロ格闘技選手生活を通じて、わざわざ行ってまで話したいと思える通じ合える選手は初めてで、そんな選手に出会えたのは幸せなことです。格闘技選手をしていたら誰にでもあるものではありません。

フォラヤンとは今の状況に対してのことや、近々の互いの試合のことや、練習のことなど様々なことを話しました。話をすればするほど、表現の仕方は違えど芯の部分は同じなことを確認できました。真っ直ぐなフォラヤンとクセはあるけど回り回って真っ直ぐな青木真也は芯の部分では同じでした。フォラヤンは格闘技界では珍しい賢人で並大抵の経験では到達できない領域の思考だと率直に感じました。フィリピンを背負って試合をしてきた経験は並大抵なものではないです。表に出る煌びやかな部分だけではなく、その裏にある重圧は僕にはわかるので、そこにはただただ敬意を持っています。

彼はよく「that life」と言うのだけれど、生きていたらいいことばかりではないけれど、悪いことばかりでもなく、日々を懸命に生きていくのが大事と青木と同じような意味のことを言っていて、悲観でも他責でもなく、ただただ観念がありました。ここら辺は見城徹さんの「圧倒的努力」と「これほどの努力を人は運と言う」に通じる部分があって、フォラヤンも徹底してやるべきことをやっているからこその観念なので、決して諦めではなく、履き違えないようにしたいところです。彼は一切他責にしません。自らの仕事と役割をよく理解して、それに全力で取り組んでいるからこそ出る、観念と優しさが彼にはあります。

フォラヤンと過ごしていて、彼がバギオの名所に連れて行ってくれたり、彼がご贔屓にしているレストランで食事をして、有意義な時間を過ごさせてもらっていたのですが、最終日の最後まで僕から伝えれなかった言葉がありました。どうしてもこの想いを直接伝えたくて、好きな娘に告白するタイミングを見計らっていたら、門限か終電が迫ってくるようなモジモジした感覚を感じて、40歳を前のおじさんが40歳を前にしたおじさん相手に何やってんだよと思いました。

フォラヤンも同じようなことを思っていたようで、最終日の夕食の中で40前のおじさん二人が堰を切ったように互いに思うことを話し始めました。この映像はONEオフィシャルとAbemaでも抑えてくれているので、後々公開される映像で互いの言葉の順番などを見てもらえたらと思います。僕は感情が昂っていて、言葉の順番や話始めを鮮明に覚えていません。横にいたジョシュアパシオが感極まっていたので、それはそれなりにエモーショナルな時間だったのだと思います。

僕はエドアルドフォラヤンとはもう1試合試合をする気持ちでいて、その試合はどちらかの最後の試合にしたい気持ちがあることを伝えました。どちらかが引退する試合で最後の相手を務めるのです。僕が先に辞めるのであればフォラヤンが最後だし、その逆も然りです。フォラヤンも同じ気持ちだったようで、互いに最後の試合をする約束をして、互いに頑張って、その約束はできるだけ遠い将来にしようと話します。そのためにも日々を頑張っていこうと共に誓います。

帰国して落ち着いて振り返ると僕はフォラヤンが先に辞めると思っていて、フォラヤンは僕が先に辞めると思っている節があって、両者共にまったく辞める気がないのが面白いところです。僕もフォラヤンもまだできると思っているし、まったく希望を捨てていません。むしろ今は人生の厳しい期間ではあるけれど、ここをどう乗り越えていこうかと生きることを楽しんでいるところさえあります。僕もフォラヤンも根っからの格闘技選手なのです。

僕もフォラヤンもまだまだ身体にも心にも燃料は残っています。
青木真也とフォラヤンの二人がバギオで会っていると辞める話でもするのかと思う方もいるとは思いますが、まだまだ燃え尽きていないどころか、二人で会って話したことで燃料が追加された感さえあります。僕は僕たちはまだまだ闘えるし、闘う意味と仕事が残っているし、まだまだここからだと思っています。今回、エドアルドフォラヤンに会いに行ってよかったです。ありがとう。そんなわけで僕もフォラヤンも今年は活躍の年にしたいです。

帰りにバギオからマニラまでフォラヤンと娘さんが見送ってくれました。わざわざ空港まで5時間かけて来なくてもいいのに、これがバギオの流儀とのことできてくれました。気持ちが嬉しいです。次は日本で会おう!と言葉を交わしましたが、これを実現できるようにしたい思いを胸に帰路につきました。しかしここまでの真人間も珍しいですよね。

一見すると夕暮れを迎えた格闘技選手がどうしてこんなに前向きに頑張っていけるのか。ここからは世間一般でもよくある若手の台頭や衰えを感じたときの向き合い方の話をしていきます。

2月スタート。月刊青木真也。今月も丁寧に更新していきますのでよろしくお願いします。月刊講読をお奨めしております。みんなで読もう!月刊青木真也!

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