毎週ショートショートお題 「誘惑銀杏」
会計を手をした店員がこちらのテーブルに向かう姿を見てほっとした。
面倒な会社の飲み会がある度に、このくだらない会話がいつまで続くのだろうと辟易する。
「よし、明日休みだからもう一軒行くか!」
明日の予定が入ってる日に限って苦手な上司から誘われる。
わざとなのか無自覚なのか、この人が発する声のトーンや大きさにはどこか断りづらい雰囲気があった。
「もし酔ってはぐれたらここに集合な」
上司から送られてきたURLを開くと、「スナック銀杏」という店の情報が表示された。
銀杏…この文字を見た瞬間、いつも仕事で忙しかった父親が休日の朝早くから連れて行ってくれた喫茶店を思い出した。
「喫茶ぎんなん」、まだ眠気の残る僕に「お腹空いただろう?」と父親はサンドイッチとミックスジュース、さらにはホットケーキまで注文する。
腹など減っていなかったが、父親の「どうだ美味いだろう?」と聞く声には何の疑いもなかった。
「遠慮せずに好きなだけ飲んでいいからな」
何の疑いもないこの響きは、今でもなぜか断りづらい。