見出し画像

毎週ショートショートお題 「バンドを組む残像」


 病院のベッドの上で目を覚ました。
 助けられたというよりは捕えられたという感覚の中で、いくら意識を向けても反応のない右手に、もうギターは弾けないのだろうと思った。

 不思議とこれからに対する不安や恐怖はなかった。ただ頭の中に流れるこれまでのことをぼんやりと眺めていた。
 ゆっくりと目を閉じると、瞼の裏には焼きついて離れないあの日があった。初めて音楽番組に出演した日でも、満員のワンマンを成功させたあの日でもない。夕日の差し込む教室に四人が集まったあの日。
 何かを掴み取った瞬間でも、何処かにたどり着いた充足でもなく、全てが始まったあの日だけが残像のように残っていた。

 何も失っていないのだと思った。あの日の残像が消えない限りまた始められるような気がした。これまで積み上げた努力も苦しみも幸福も、何一つとして僕から剥がれ落ちてはいない。
 もう一度右手に意識を集中させる。動かないままの右手は、それでもちゃんと熱を帯びて呼応していた。



 


 


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?