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エッセイ 「唐揚げにレモン問題」



 唐揚げに無断でレモンを絞る行為は、飲み会での御法度である。

 唐揚げには「レモンをかける派」と「レモンをかけない派」がいるのだから、ちゃんと絞る前に「レモン苦手な人います?」と聞いてから絞らなければならない。
 もしこのルールを破った者がいたならば、もうその飲み会中には覆らないほどの悪印象を参加者に与えてしまう。
「自己中心的」「がさつ」「空気が読めない」、そういった負のイメージを一身に請け負う羽目になる。

 逆に無断でレモンを絞ろうとした者の手首を掴み、「レモンは聞いてから絞ろうか?」なんて笑顔で優しく注意する者は、言葉にこそ出さないが参加者から心の中で賛辞を送られる。
「利他的」「紳士」「周りがよく見えてる」、これ以上ない程の好印象を周囲に与えることが出来るのだ。

 しかし、何度かその光景を目の当たりにした経験のある、僕の勝手な感覚で言わせてもらうと、本当に僕個人としては、レモンを勝手に絞る人よりもそれをわざわざ注意する人の方が性格悪く見えてしまう。わざわざ人前で恥をかかせてまで注意することかと思ってしまうのだ。
 勝手にレモンを絞る人は確かに周りが見えていないだろうが、きっと悪気だって無い筈なのだ。ただレモンが添えられてるのを見つけたから、自分の近くに皿を置かれたから、参加者で一番年下だから、実家ではそれが普通だったから、良かれと思い代表して絞っただけなんだ。わざわざ離れた場所からレモンを絞りに立ち上がったり、添えられてもないレモンを自分の鞄から取り出して絞った訳ではない。

 悪気がないので注意された人はもの凄くショックで悲しい表情をするし、注意した気の使える人と、ガサツで周りの見えない人という構図が一瞬で構築されてしまい、なんだか見てて可哀想になってしまう。
 別にみんな大人なんだから、レモンがかかっていても我慢して食べればいいし、嫌なら食べなければいい。どうしても食べたいならもう一つ注文すればいいだけではないか。わざわざ注意することで、傷つく人間が生まれる可能性と天秤にかけるようなことではない。

 それでも注意してあげた方がその人の為に…なんて意見もあるだろうけど、そう思うなら後でちゃんと言ってあげた方がいいし、レモンを勝手に絞ろうとした瞬間を目撃して、「ここで注意した方がこの人の為だ!」なんて咄嗟に思う人間なんていないだろう。
 そこで注意する人なんて結局は自分がレモンかけない派なだけで、何を皆んなのこと思って自分が代表して注意しました感出してんねんと勘繰ってしまう。本質的には絞ろうとしてた人と同じやんけ、そこで注意して相手が傷つくことは考えられへんのやろと思ってしまう。
 ただそんなことを考えている僕自身が、一番性格が悪いんじゃないかと思えて怖い。

 きっとスマートに注意できればいいのかも知れない。
 レモンを絞ろうとした部下を見つけた瞬間にサッと手の動きだけで静止させ、「みんなレモン絞っちゃっていいかな?」と声をかける。いいと答えれば「じゃあレモンかけちゃって」と促し、苦手な人がいれば「じゃあやめとこうか」と指示を出す。
 こうすれば、あくまでも聞き役と絞り役に分かれていただけで、誰も悪くないという印象を保てるはずだ。傷つく人も生まれず、楽しい飲み会が開催される。

 ちなみにそんな僕が唐揚げにレモンをかける派か、かけない派かで言うと…

 唐揚げを食べられない派である。

 脂の全くない胸肉なら食べれるが、基本居酒屋などのジューシーな唐揚げは噛んだ瞬間にゲロを吐いてしまう。
 偉そうなことを書いてしまったが、長年に渡り議論されてきた「唐揚げレモン問題」に、実は僕が最も遠い場所にいる部外者だった。

 


 

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