【感想】不死細胞 ヒーラ ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生:レベッカ・スクルート 著 中里 京子 訳
このノンフィクション書籍は、細胞生理学や分子生物学、遺伝子工学を学ぶ学部生なら一度は耳にするHela細胞をテーマにしたものである。
学生時代に細胞培養の授業でHela細胞の存在を知っていたが、その誕生の物語は全く知らなかった。
研究倫理を学ぶ機会に参考図書として本書を読んでみたが、全ゲノムが解読された現在、臨床研究に関する倫理指針や個人情報保護法が改正されたことで、インフォームド・コンセントや生体試料が含む個人情報の重要性について改めて考えさせられた。
Hela細胞が現在の医療に果たした役割の大きさに対して、この細胞が約70年前に生きていたごく普通の黒人女性ヘンリエッタ・ラックスから採取されたものであるという事実を対比して描かれている。
ヘンリエッタには夫がいて、子どもたちを愛する普通の母親であったが、彼女の意思とは無関係に、そのがん細胞は培養され、現在でも医学研究に貢献し続けている。
ヘンリエッタはその事実を知ることなくこの世を去っている。
彼女の家族であるラックス家の人々も2000年代に入るまでこの事実を知らされることもなく、ヘンリエッタの細胞から得られた科学の恩恵を受けることもなかった。
インフォームド・コンセントや個人情報保護の考え方が確立していなかった当時、多くのものが置き去りにされ、研究者の情熱のみで全てが正当化されていた。
Hela細胞にかかわる人々は、時に善意で、時にこれくらいなら問題ないと安易に情報を開示する。
そして、その事実を突きつけられるラックス家の人々は、そのたびに傷つき苦悩し、それでも、前に進もうとするラックス家の人々の姿に、これからの科学のあり方を考えさせられる良書である。