🅂8 一万円札は落ちていない
「A little dough」 第5章 貯蓄と投資 🅂8 一万円札は落ちていない
前節では株式市場における価格変動を受け入れることでリスクプレミアムを獲得できる可能性について記載しました。散々マーケットを「海」に例えたにもかかわらず節操がないのですが、今回は「路上に一万円札は落ちていない」という例えからです。これには明白な理由があり、一万円札には多くの人が認める価値があるため、仮に誰かが落としても直ぐに別の誰かが拾ってしまうためです。これを「路上の効率性」と呼ぶかどうかは不明ですが、こうして道路はあくまで人々の通行の場としての安全性が確保されることとなります…。
「株式市場」においても、こうした「一万円札探しは意味がありませんよ」と主張したのが「効率的市場仮説(EMH)」であり、その結果は「ランダム・ウォーク理論」によって再現されることとなります。
➤効率的市場仮説(EMH)
「効率的市場仮説(EMH)」は1965年にシカゴ大学のユージン・ファーマが発表したものですが、「株式市場の価格は入手可能なあらゆる情報を織り込んでいるため、常に真の価値を反映している」というものです。尤も仮説ですから、その前提として情報の入手コストや取引コストがかからず、更に市場参加者が合理的であることなどが必要になるとしています。
効率的市場仮説は、次の3つに分類されます。
(1)ウィーク型:過去の情報がすべて価格に反映する
(2)セミストロング型:すべての公開情報が即座に完全に価格に反映する
(3)ストロング型:内部情報を含めた利用可能なすべての情報が即座に完全に価格に反映する
さすがストロング型はないと思いますし、私の経験では(1)についてもある程度のタイムラグがあると思っています。そもそも人間が合理的でないことについて散々記載してきていますので、上記三分類から選択すること自体難しいのですが、個人的な感覚としては「市場は概ねウィーク型で動いているが、公開情報の多くもその重要性に応じて速やかに反映されている」という辺りに落ち着きます。しかしこうした考え方を基礎に置くことで、マーケット全体を冷静に把握していくことができますので、私個人としてはとても有効な考え方だと思っています。
➤サルでもできる株式投資
こうした効率的なマーケットの価格変動の結果を端的に現わしているのが「ランダム・ウォーク理論」です。効率的市場仮説が成立しているマーケットにおいては、株式の価格は常にランダム(無作為)に変動しており、結果として過去の価格変動やそのパターンを利用して、将来の株価を予測することはできないという結論になります。これは、マーケットに参加する人は「誰もが運だけを頼りに勝負する」ということを意味することになります。
例えばウィーク型では「過去情報は全て価格が取り込んでいる」という立場からテクニカル分析は否定されてしまいます。更にセミストロング型では「公開情報も即座に価格に織り込まれる」ため、ファンダメンタル分析も否定されるということになります。
「ウォール街のランダム・ウォーカー」の著者であるバートン・マルキールは、第1章の冒頭で以下のように述べています。
この例え話は「効率的なマーケットにおいては、市場を出し抜くことは困難である」ということを説明している訳ですが、これを文字通り解釈すれば「サルでもできる株式投資」ということになります。また銘柄選択だけでなく、購入と売却のタイミングに関しても、ほぼ同じような結果になると言われています。もちろん、こうした銘柄やタイミングを決定するのに特別なスキルや知識が必要ないという主張は、マーケットのプロである実務家から大きな反発を招くことになったようです。
ただ私のように訳も分からず株式市場に首を突っ込んだ人間にとっては、マーケットをマクロ的に把握できる理論に初めて出逢えたという感動がありましたし、この本を読んだ頃から金融の世界に関する好奇心が芽生えていったように記憶しています。
➤それは「パリの孤独な天才」から始まっていた
ところで私は、ランダム・ウォーク理論をバートン・マルキールの書籍で学びましたが、実際に株式市場におけるランダム・ウォーク理論を発見したのは、19世紀末のベル・エポックの時代を生きたルイ・バシュリエという数学者だといいます。彼は1900年に、博士論文「Les Théorie de la Spéculation(投機理論)」を発表しており、これがランダムウォーク理論の最初とされています。彼の功績と悲運については「ウォール街の物理学者」(J・O・ウェザーオール著/ハヤカワ文庫)に「パリの孤独な天才」として描かれていますので、興味のある方はぜひご一読ください。
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