🅂28 支出のベクトル

「A little dough」 第４章　支出して生活する　🅂27　まとめ（２）

　前回は本章の前半部分を振り返りました。支出判断時にヒューリスティックスが引き起こす認知エラーや報酬系回路によって生じる衝動と自制の葛藤などは、「単なる感情だけの問題ではなく、人間の認知装置の設計に起因する」と考える必要性があるようです。
　こうした私たちの脳のはたらきや心の動きを前提にして、日常生活における支出の対象を「地位財」と「非地位財」に分類したのは「幸せとお金の経済学」の著者、ロバート・H・フランクです。本章の後半では彼の考えをベースにして支出の対象をどのようにとらえていくべきかを検討しました。

幸せとお金の経済学

➤休暇・愛情・健康・自由・自主性…に共通する価値
　ロバート・H・フランクは「幸せとお金の経済学」の中で、「相対的欠乏」（🅂16参照）はを私たちを無駄な消費へと駆り立てる見えない因子として取り上げています。また「相対的欠乏」が起こる要因として局所的な「コンテクスト」の存在をあげています。「コンテクスト」とは、「物事や人が置かれている状況や関係」を表します。このコンテクストが私たちの脳を刺激し「ミュラーリヤーの錯視」のように「相対比較」を生み、これに捉われてしまうことで知らない間に「地位財の獲得競争」を続けてしまいます。
　またマーケティングの進化やインターネットなどの普及によって、私たちの日常生活には「相対性の罠」があふれています。「〇と✕」といった二者択一はもともとフレーミングされていて、これにつられて比較優劣をつけた結果そもそも必要ないものを購入してしまう、といったことが起こってしまいます。
　フランクはこうした現代社会の特徴を分析したうえで、所得・社会的地位・車・家・ブランド品といった「地位財」に拘って際限のない獲得競争に身を置くのではなく、休暇・愛情・健康・自由・自主性といった非地位財に支出することが、幸福で充実した人生に繋がる可能性を高めると述べています。

➤家の必要価値とは
　「家」は私たちの生活に欠かせないものですが、その必要価値は本来限定的なものです。極端に言えば、「家族全員が雨風を凌げて安全に暮らす」ことができればいいのですが、一方で「豪邸」という言葉が示すように、歴史的に相対的価値の象徴として扱われ、前述した「相対的欠乏」を生み出す原因となっているのも事実です。
　現在の日本においては、家に関わる支出は家計の大きな要素を占めていますが、過度の競争により必要以上に相対的価値が追及された結果、首都圏などでは一般の給与所得者が購入できないような価格帯になっています。私たちはそういう環境下で住宅の選択を行うのですが、重要なポイントは逸る気持ちを何とか抑えて「時間をかけること」だと思います。２０歳代から住宅に関する意識を持っていれば、選択肢をあれこれ試行錯誤しながらの５年～１０年という期間が、自分自身の判断力に柔軟性をもたらします。「その期間の家賃がもったいない」という気持ちはわかりますが、家族構成や仕事環境などを含め準備ができていない段階では意思決定すべきではありませんし、賃貸ならやり直しがききますが、購入した場合は簡単ではありません。
　住宅を購入する場合には、一定の期間をかけ家計管理と貯蓄能力を向上させることと、住宅事情の現実をある程度学習し柔軟性のある選択ができるようになること（柔軟な住宅観を持つこと）が必要になります。住宅には「必要価値」に加えて多くの付加価値があり、これを個人のライフスタイルに合わせて取捨選択していくわけですが、検討期間中にパートナーができたり、家族が増えたりしてライフデザインもはっきりとしてきます。そうした変化を受け入れながら、家族と共に「許容できる範囲」を広げていきます。
　住宅は安全と快適性を与えてくれるもので、時には資産的価値を生むこともありますが、本来は「道具の一つ」という客観的な認識が必要だと思います。一方でその道具が、家族の成長に合わせて満足感や共感を生み出すことで、家族の結びつきを高めていきます。「家」がもつ物理的な価値とこれが生み出す家族にとっての精神的な価値、いずれも私は本質的な価値だと考えますが、最後は「家族との楽しい時間」を作り出せるかどうかがポイントになります。その意味では、「家」という物理的な部分に過度にお金をかけるのではなく、その家を中心にした家族の様々な体験や経験に必要なお金をプールし支出していく、つまり地位財よりも非地位財にウェイトを置くことが幸福な人生に通じるように思います。

➤子供が成長する風景…
　子供たちの成長していく姿を見ることは、本当にうれしいことです。不器用でも少しづつ、躓いたり転んだりしながら一歩づつ、身近なこと些細なことに幸福を感じ取れるような大人になって欲しいと思います。そしてその子供たちにもまた、同じような時間を分け与えてほしいと心から思います。こうした私たちの漠然とした子供たちへの期待は、人間社会をより良い形で未来に繋げていって欲しいという希望に繋がっていきます。
　教育には、大人になって社会で活躍するための手段やその為の前提をしっかり身に着けていくという目的があります。そのため私たちは、人生という長い視点を持って子供たちに接することになります。結果として現在を重視したい子供たちの意志に合わず、時には互いに大きなストレスになるのですが、これは乗り越えていくべきハードルのように思います。子供たちに対する親の役割は、時には背中を押してあげることも必要ですが、日常的な生活の多くの場合「衝動ではなく自制を促す」必要があるからです。
　子供との間に起こる多くの決定的な「すれ違い」は、こうしたハードルを恐れて私たちがその事実に背を向けることが原因となっています。どんな時でも子供の課題には子供と同じように向き合う姿勢が必要です。それを子供が身近で感じ取ることで、勇気をもってチャレンジしようというポジティブさを身に着けていくように思います。
　そうした観点から教育を考えると、「様々なリスクとどのよう向き合っていくか」という点が重要になってきます。成長に合わせて少しづつ距離を置き、判断を本人に委ね、子供の選択を尊重します。この過程を通して子供たちは、「経験により学習し、これをストックし、更にこれを応用して新たな事態に適応する」ことを身に着けていくからです。
　
　私たち親は、いずれ「子供たちの舞台裏」という居場所もなくしていしまいます。それは少し寂しいことですが、その時になったら観客席で応援しようと考えるほかありません。私たちと同じように子供たちもまた親の人生とは別の時間を生きているのであり、わたしたちはその中の一部である子供と共有できた時間の輝きを知ることができるはずです。それは子供が親に与えてくれた生き甲斐といっていいものです。であればこの子供からのプレゼントはしっかりと受け止めて、可能な限り楽しい時間にしていくことです。それができれば、あとは観客席で子供たちが創る未来を楽しみに見守ることができるように思います。

➤リスクダメージの移転
　教育とは全く別次元ではありますが、リスクのダメージを自ら受け入れるか移転するかという判断があります。それが保険です。保険の考え方は本来シンプルだと思いますが、販売側の過度な宣伝によってややこしくなっているだけだと思います。検討すべき保険は掛け捨ての「生命保険」「火災保険」「自動車保険」程度に絞られると、個人的には考えています。
　私が企業人として働いていたころは、金利が高い時期もありましたので終身保険や養老保険の価値もありましたが、金利情勢が大きく変化しない以上現在の選択肢にはなりにくいと思います。
　学資保険は今後の金利上昇が見込まれると考えるならば、生命保険部分はネット保険の定期（掛け捨て）でカバーし、資金は貯蓄でというのが基本スタンスでしょう。また第3分野といわれる入院保険なども特段のリスクが明確でない限りは、貯蓄で受け入れるという判断もあると思います。最後は自分の不安度との兼ね合いで決定するということになります。
　掛け捨ての保険は対象となる事故や病気がなければ「支払い損」となります。しかしその間の「安心」が買えるという商品です。私自身人身事故を起こしたことはありませんが、実際自動車などは任意保険に入らない限り恐ろしくて運転できません。それが保険の持つ効果ですから、そのために支出するということになります。