🅂16 秘密工作員はどこ⁉︎

「A little dough」 第１章　自分をどこまで信用する？　🅂16

▽カーネマンとトベルスキーは「アジア病問題」という選択問題を作りました。これは「フレーミング」という「問題の提示の仕方が、考えや選考に不合理な影響を及ぼす現象」を研究するためのものです。
（設問１）アジア病という伝染病の流行で、放置すれば死者は600人に達すると予想されている。これに対して、以下の２つの対策が提示された。
・Ａ…200人が助かる。
・Ｂ…3分の1の確率で600人が助かるが3分の2の確率で一人も助からない。
（結果）圧倒的多数がＡを選択した。つまり確実に200人助ける道を選択したということになる。

▽カーネマン等は更に次の設問も用意しました。
（設問２）アジア病という伝染病の流行で、放置すれば死者は600人に達すると予想されている。これに対して、以下の２つの対策が提示された。
・Ａ…400人が死ぬ。
・Ｂ…3分の1の確率で一人も死なずに済すむが、3分の2の確率で600人が死ぬ。
（結果）大半の回答者がＢを選択した。つまりギャンブルを選択したことになる。

▽２つの設問の解決プログラムは、まったく同じ結果を生むものですが、選択の結果は真逆になりました。両者の違いは設問１のプログラムは「助かる」という視点で書かれているのに対し、設問２は「死ぬ」という視点で書かれているということだけです。プロスペクト理論では経済的に利得局面では確実性を重視し、損失局面ではギャンブルを選択しがちでしたが、なんだかそれと少し似ています。「助かる」視点では確実性を、「死ぬ」視点ではギャンブルを選択するのです。もちろん問題は、全く同じ設問でも言い方によって答えが大きく変わってしまうということです。

▽もう一つ同じ行動経済学者のダン・アリエリーの著作である「予想どうりに不合理」に紹介されている身近な例を見てみます。尚、ここでは著書の説明を簡略化し順番を変えていますのでご了承ください。彼はエコノミスト誌の定期購読の案内の中に、このフレーミングを上手く使った広告戦略があることを示しています。

▽彼はMIT（マサチューセッツ工科大学）の院生100人に対して次の二つの申し込み案内をみせ、選択させました。
（１）エコノミストの定期購読の申し込み案内（2択方式）
   A.　エコノミスト・ドット・コムの購読…59USドル
　B.　印刷版およびウェブ版のセット申し込み…125USドル
（２）エコノミストの定期購読の申し込み案内（3択方式）
　A.　エコノミスト・ドット・コムの購読…59USドル
　b. 　印刷版の購読…125USドル
　B. 　印刷版およびウェブ版のセット申し込み…125USドル

▽二つの違いは（２）に選択肢ｂがあるかないかだけですが、結果は以下の通りです。
（１）の案内…Aウェブ68人　B印刷版とウェブ版…32人
（２）の案内…Aウェブ16人　b印刷版…0人　B印刷版とウェブ版…84人
もちろんエコノミスト誌が売りたいのは、単価の高いウェブ版＋印刷版という前提ですが、（２）にｂの印刷版の選択肢を加えるだけで、Ｂは32人→84人と50人以上増やしたことになります。また付け加えたｂの選択肢、印刷版のみの申し込みは0人でしたが、これはおとり広告なので初めから選択肢には入らないと想定しているのです。

▽MITの優秀な院生でもすっかりおとり広告にしてやられてしまった、ということのようですが、なぜこんなことになるかということをアリエリーは上手く説明しています。下の図をご覧ください。

ダン・アリエリー著「予想どうりに不合理」早川書房刊　37ページ

▽この図の特性１は紙媒体、特製２はデジタル媒体を表しているとします。２択方式では、WEB媒体はどちらを選んでも使えるので、「紙媒体を使うかどうか」がポイントとなり、これが本来の判断フレームです。ところが「紙媒体のみ」というｂの選択肢があり、更に価格がＢと同じ条件であれば「ｂかＢ」（同じ値段でWEBを使うかどうか）という選択のフレームが存在してしまいます。そして、このフレームの結論は当然「どちらも使えて値段は同じならＢ」となり、うっかりするとそのままＢと結論付けてしまうのです。しかし、このフレームではＡの選択肢が無視されているため、新たにＢを選択した人の中には、不要な申し込みをしてしまったと後悔する人がでてきそうです。アリエリーはｂはＢを選択させるための秘密工作員⁉︎だといっています。

▽しかしこの秘密工作員は近年いたるところで見られます。もはや、秘密はバレバレですが、それでも気を抜くとすっかり騙されてしまいます。商品のグレードを３つにすれば真ん中を選んだり、５つにすれば上から２つ目（あるいは下から２つ目）を選んだりします。販売側はそれを売るために選択肢を増やしているにすぎません。ガソリンスタンドの価格はいつの間にか現金払いが「特価」になっていしまいましたが、実際のところ、クレジット払いが上乗せ価格なのです。

▽アリエリーはこうしたフレーミングの根っこにあるのは「相対性」だといっています。参照点を変えると、姿が全く変わって見えてしまう。彼は当初全く売れなかったパン焼き機の対策として、容量が大きく値段が1.5倍の新製品を発売したところ、瞬く間に売れ始めたという事例を紹介しています。ただし売れたのは、古い方だそうです。「比較の対象ができたことで、みんな買い始める」これが相対性です。

▽私たちは相対性の渦の中で暮らしているようなものです。アリエリーの友人は、ボクスターをプリウスに変えたといいます。それは、ボクスターの生活が嫌だったからのようです。つまりボクスターの次は、必ず９１１になるし、９１１に乗ったらきっとフェラーリに乗りたくなる、というのが理由のようです。彼は車に対する価値観の視点を変えた（ポルシェもフェラーリもエコカーではない）ことで自らのコントロールに成功しましたが、こうした相対性の連鎖を止めるのは、認知エラーに対処するよりも遥かに難易度が高いような気がします。それは、相対性を追いかける行為は、人間の生存欲求に由来するからだと思います。

予想どおりに不合理　　行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」