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”エール”にみる”ファスト&スロー”

▽ 「あんたという人間を信じとる。頭はダメっていっとるけど、心はいけっ!て叫ぶの。だからしょうがない、許す。私は。」 NHK朝ドラ『エール』第23回、ヒロイン関内音(二階堂ふみ)の母親(薬師丸ひろ子)が、ヒロインに突然プロポーズした主人公古山裕一(窪田正孝)に向かって言うセリフです。

▽「頭はダメで、心はいけっ!」という言葉を、脇で聴いていた主人公の父親(唐沢寿明)は、支離滅裂と言っています。人間の脳の働きは右脳と左脳で違うといわれていますが、右脳は瞬時に感覚的にイメージを捉え、左脳は本人の意思によって論理的に整理する役割をするといわれています。このような人間の脳の役割を、心理学者のダニエル・カーネマンはその著書「ファスト&スロー」の中で丁寧に解説しています。

▽カーネマンは、自動的に瞬時に動き出す脳の働きをシステム1(ファスト)、本人の努力によって後から動き出す脳の働きをシステム2(スロー)と表現しています。私たちは、日常の多くをシステム1の判断に委ねています。例えば街を歩いていて、信号が赤になれば瞬時に止まったり、青になればまた歩き始めます。1+1=と書いてあれば、即座に2という数字を思い浮かべます。

▽一方のシステム2は、システム1が機能不全に陥ると動き出すようです。例えば17×24=と書いてあった時、とっさに答えは思い浮かびません。17×4と17×2の答えを求めて、68と34だから、68+34×10=といった計算過程は、ふつうシステム1では機能せず、システム2と鉛筆と紙が必要になるようです。カーネマンによれば、システム1は論理や統計は、からきし苦手なのです。目前にそういう課題が与えられたとき、システム2は、冷静に論理的・客観的な判断をしてくれるという訳です。ただこのシステム2にも欠点はあって、怠け者で疲れやすいという、どこかで聞いたような性格の持ち主のようです。

▽ところで、話を戻しますが、「頭はダメで、心はいけっ!」という音の母親の言葉ですが、システム1は心の声で「いけっ!」にもかかわらず、自信がなかったのかシステム2を起動させたということになります。システム2は、目前の若い音楽家志望の青年を「確かに才能はあるものの、まだ成功しているわけじゃない。しかもこれから5年間もイギリスに留学するというようなリスクのある人間に、大事な娘を任せるのは危険だ」と判断したのでしょう。だから「頭はダメ」となったようです。

▽カーネマンによれば、いったんシステム2が作動した場合に判断業務を行うのは、システム2というのが原則のようですが、さすが母親、直感が優先されています。ここでは、本能的で女らしさや母性とつながる「直感」が、論理的で男らしさや父性につながる「理性」を上回った、ということでしょうか。

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