🅂11 アノマリーが生まれる訳（２）

「A little dough」 第５章　貯蓄と投資　🅂11 アノマリーが生まれる訳（２）

　前節では下図のようなランダムウォークをみた時の私たちの反応について記載しました。単なるランダムウォークの曲線に「価格と年月という背景」を加えたことで、私たちはストーリーを作り未来を予測しようと想像力を働かせます。

ランダム・ウォーク（縦線横線表示あり）

➤日常的に起きている錯視
　さてここで第１章に戻るようですが、日常的な錯視についてもう一度振り返ります。下図Ａをご覧ください。これは紙に書かれたバイオリンを弾く人の絵ですが、物理的に大きいのはどちらでしょうか？

バイオリンを弾く人

答えは、どちらも同じです。次に下図Ｂをご覧ください。こちらは、図Ａに「部屋の背景」を加えたものです。物理的に大きいのはどちらでしょうか？

バイオリンを弾く人（背景あり）

もちろん答えは同じなのですが、３Ｄ効果が働くため中央の人の方が大きく見えてしまいます。これは第１章で取り上げた。ミュラーリヤーの錯視と同じ現象です。図のような背景が加わってしまうと、無意識に立体構造を意識するために中央の人が大きく見える、という現象が起こります。私たちの日常の生活の中には、実際こうした錯視を前提とした様々な広告やイラストなどが溢れています。

錯視効果 32種類　色や図形の目の錯覚を画像で解説 | 321web

➤アノマリーが生まれる訳
　バイオリンを弾く人の部屋の「背景」と上のランダム・ウォークの「縦軸と横軸」はいずれも同じ働きをしており、🅂16でも記載しましたがロバート・Ｈ・フランクがいう「コンテクスト（状況・背景・文脈など）」と同じものです。ここで注目したいのは、「私たちの脳は与えられたコンテクストに応じた錯視を起こす」可能性があるということです。
　「背景を与えられたランダムウォークの図からストーリーを連想してしまう」という私たちのビヘイビアも、錯視と同じように脳がコンテクストを読み込んで起こる現象といえます。つまりどんなに意識しても、こうした連想を完全に避けるのは難しいということになります。
　結果的に上記のような「単にランダムウォークしているだけの相場の推移」をみた私たちは、認知バイアスに捉われながら、思い思いに自分の好みのストーリーを展開させマーケットで行動することになります。通常、そうした個人的なバイアスがかかった行動も、マーケット全体では相殺されあまり影響がないはずです。ところがひとたび「新薬の開発に成功‼」といったトレンドをつくるような情報を併せ持つと、一気に上昇相場を形成する可能性がでてきます。私たちの「認知バイアス」に「もっともらしい情報」が加わることで、一定の強い方向性が同質的な行動を促し、結果としてアノマリーの生成に繋がっていくことになります。そして、こうしたアノマリーはマーケットに何時も点在していると考えるのが自然だと思えてくるのです。

➤アノマリーの中で揺れ続ける
　私たちの日常には錯覚や錯視が溢れています。しかしそうしたことも、本来は私たちが膨大な情報を限られた能力で処理する必要性がある為に起きていることでしょう。結果的に「錯視はコントロールできない」ものですから、結果を受けて二次的に対処するしかないということになります。
　意味のない波線を引いても、そこに縦軸と横軸を加えてしまえばそれはグラフに見えてしまいます。むしろそれを意味のない波線と見抜いたりランダムウォークに違いない、と考えることに無理があります。
　株式市場の最小の参加単位となる私たちは、何かにつけ非合理的な意思決定をしてしまいます。その結果が積み重なってアノマリーを形成していることもあります。また、こうした流れは必ずしも意図したものではありませんし、更にそれに同調した多くの人の意識も希薄になりがちです。市場参加者は、誰もが意図しないところでゆらゆらと揺れている、そうした状況がアノマリーですから、これを見極めるのは至難の業と考えるべきです。
　株式市場とは、本質的には「効率的な市場」に近づこうとする動きをしていますが、その活動の最小単位が人間である以上「多かれ少なかれアノマリーという波に絶えず揺り動かされているもの」と考えておくことが大切だと思います。