🅂11 正しい悲観、誤った楽観

「A little dough」 第４章　支出して生活する　🅂11（支出行動と自制２）

　前回は異時点間選択とこれに大きな影響を持つ時間割引率、そしてその感覚には大きな個人差があることを記載しました。またその感覚は私たちの支出行動においても系統的なエラーを引き起こす可能性があるため、私たちは可能な限り自分自身の特徴を知り、これに対処していく必要があるようです。

➤時間割引率の高い人、低い人
時間割引率の高低による私たちの個性の違いは前回記載した通りですが、ではこの性格を踏まえて私たちはどういう注意を払うべきでしょうか。

➡①指数割引が高い：現在が重視されるため常にせっかちな行動を選択をする傾向がある。そのため何時も現在の消費行動が優先されやすい。
➡②指数割引が低い：現在と未来の価値があまり変わらないために、長期的な選択を苦にしない傾向がある。支出行動は「必要性」があれば現在の消費を選択するが、そうでなければ結果的に貯蓄行動を選択する可能性が高い。一方で将来価値を過大評価してしまう傾向もみられる。
➡➂双曲割引：時間割引率が現在は高く未来は低いという特徴があるため、現在を過大評価する傾向がある一方で未来については一定の範囲で冷静に判断できる側面を持つ。ただ実際に時間が経過すると想定より現在価値が高まり、当初の判断を翻し先送りや後回しをする。現在の消費に強い関心を持ち消費が優先されるが、一方で将来のための年金などを計画的に準備しようとする。ただし、それによって現在の消費が制約されると、後悔してしまう。

「A little dough」 第４章　支出して生活する　🅂10 異時点間選択

　上記に再掲した指数割引の特徴をもとに、下記に注意すべき支出行動をまとめてみます。
▷時間割引率の高い人が注意すべき支出行動
（１）現在を偏重する傾向が高いため、まず中長期の価値観をしっかりと意識し、支出行動にあたっては現在だけでなく中長期的な継続性や満足度を重視する。特に使用頻度や使用期間、耐久性などを明確にする。
（２）時間経過によって未来はほぼ確実に現在になることを意識する。貯蓄は未来の満足を実現するためのものであり、計画的かつ積極的に行う。
（３）自身の支出動機と支出対象そのもの持つ魅力の本質に目を向ける。本当に必要か、使いきれるか、後悔しないかといった定型質問を繰り返し、時間を置く。
（４）現在を偏重すると、場当たり的な行動が増加する。自身の目標設定、行動計画や予算処置など、予め自分の行動ガイドラインを決め、そこから外れないよう心がける。
　▷時間割引率の低い人が注意すべき支出行動
（１）将来に対する意識がしっかりとある分、現在のやるべきことに対し禁欲的な支出行動をとりがちになる。現在の経験や日常の生活満足度が、未来の目標や生活に繋がることを理解し、そのための現在すべき支出に対しては過度の節制にならないよう注意する。
（２）将来への目標意識が高い分、精緻な予算や行動プランを作成しがちだが、プランはあくまでプランと割り切って実現可能なものにし、達成基準も緩やかなものにする。
（３）時間割引率が低いことと自制心の強さは同じではない。ただ、将来の時間価値が低下しないという感覚によって、長期的な選択が可能となっている点を正しく理解する。支出行動においても「我慢強い」と過信しないことが大切である。

　両者はある意味対極的な行動パターンが想定されますが、やはり時間割引率が高くせっかちな人ほど、支出行動に関してはより注意が必要だと思います。報酬系回路の存在自体が「今を生き抜く」ことを最大のミッションとし、時間割引率の高い行動をとりがちです。そうした事実に気付かないと何かに追いかけられるように「現在至上主義」的になってしまいます。衣食住がある程度コントロールできる現代社会では、生き残るための競争にすべてをささげる必要はなく、バランスよく継続できる支出行動こそが重要になってきます。

➤正しく悲観するか、誤って楽観するか
さて前回記載した３つ目のパターン、双曲割引についてはどう考えるべきでしょうか。双曲割引は指数割引の２通りよりやや複雑です。また自身の「双曲割引」について認知しているかどうか（メタ認知力）でかなり異なる行動をとるといわれています。そこで、このnoteの第1章でも登場いただいている関西大学の池田新介氏の著作「自滅する選択」から、その一部を引用させていただこうと思います。

自滅する選択―先延ばしで後悔しないための新しい経済学

　池田新介氏は上記著書のなかで、双曲割引を自覚している人は自分の将来を正しく悲観でき、自覚していない人は誤って楽観する、という表現をしています。

１年前の自分にすれば低い時間割引率の下で抑制の効いた辛抱強い計画を立てたいのですが、それをしても１年後のせっかちな自分は高い時間割引率に従って勝手に現在志向的な計画に書き換えてしまいます。その意味で、１年後の自分が「ベスト」だと考えていた計画なり選択は実は実行可能ではないのです。そしてもしその時の自分が十分に賢明であれば、そのことを知ったうえで、早晩反故にされることがわかっているそのような厳しいプランを最初から選択肢に入れずに、実行可能なプランだけを考えてその中から「ベスト」なものを選ぶはずです。
　このような選択を行う人を、ここでは「賢明」な選択者とよびましょう。これに対し、将来の自分のせっかちさが増すことを予想できずドミノ倒し的に挫折しながら次々と計画を書き換えるような人を、「単純」な人と以下ではいいます。「賢明」な選択者とは将来の自分の振る舞いを正しく悲観している人であり、「単純」な人は将来の自分の振る舞いを誤って楽観視している人ともいえます。（以下略）

池田新介著「自滅する選択」東洋経済新報社刊P111～P112　より

　自分の時間非整合的な感覚を正しく理解する人は未来の自分の行動を悲観し、これができない人は楽観してしまうことになります。双曲割引においては、現在の時間割引率は高いものの、将来についてはこれを低く捉えるため、現在価値の主観と将来価値の主観に矛盾が潜んでいます。
　現在の消費に跳び付いてしまえば未来の消費（現在の貯蓄）はなく、未来の消費を選択するなら現在の消費はありません。しかし双曲割引に無自覚な方は、こうしたことが矛盾せずさも両立できるかのように感じていることになります。つまり「とりあえず欲しいものは買って、貯金もしよう」とサラッといえてしまいますし、「財源は？」と突っ込まれても「何とかなるでしょ！」と言い放つような方です。
　池田氏が言うところの「賢明な選択者」になるためには、まず自分自身の異時点間選択における判断をしっかりと観察し、特に計画的行動を選択した場合に、どのような結果を出したか、先送りや後回しはなかったか、という辺りをしっかりと確認してみる必要があります。