🅂21 非地位財としての家

「A little dough」 第４章　支出して生活する　🅂21　住まいにかけるお金

　🅂19～🅂20と私たちの重要な選択な一つである「住まいににかけるお金」について記載しました。そして前項の最後に「シンプルな生活を実践する家計管理能力と一定の貯蓄能力、そして自分なりの住宅観がある程度定まってくると、その時々の判断には必然性が生まれてきます」と記載しました。しかしその「住宅観」は、短期間で簡単にでき上るものではありません。
　私自身を振り返っても、18歳で東京での生活を始めた頃から可能な範囲でベターな選択を繰り返しているうちに、次第に身についてきた部分があるように思います。特に私のような田舎育ちは「広々とした土地がリーズナブルに手に入る環境」で育っているので、首都圏の地価の高さには若い頃からギブアップしているところがあります。学生の頃は吉祥寺近辺に住んでいましたが、人気がある井の頭沿線は避けて西武線の武蔵関駅近くに住んでいました。当時この駅はお世辞にも便利なところではありませんでしたが、学校までは約10分ほどで、キャベツ畑の脇道をのんびりと自転車で通うことができました。単にそういう環境や景色に安心していたのかもしれませんが、私の住宅観の根っこはこの辺りにあるのかもしれません…。

➤現在の自分の選択をベースに
　私たちの「住宅観」を構成しているものには多くの要素がありますが、実際に住宅を検討し始めると、幾度となく「家計と予算」の問題が立ちはだかります。住宅は人生の重要な選択の一つであり、買うにせよ借りるにせよその額は家計の大きなシェアを占めます。そのため選択に当っては「家に対する過大な期待」が先行しがちで「家計と予算」が常にハードルとなっているかのように感じてしまいます。しかし予算は私たちの収入のによって規定されているわけですから、問題の本質は予算ではなく私たちの「過度な期待」の方にあると考えるべきでしょう。これを踏まえて検討しないと、いつまでたっても堂々巡りをする羽目になります。

＜住宅観を構成する主な要素＞
①家計と予算
②通勤通学などを含めた地理的条件や場所
➂住宅の種類、サイズ、設備、インテリア、デザインなど
④家族構成と将来設計
⑤ライフスタイル、趣味、スポーツ
⑥近隣環境やコミュニティ　など

　実際にこれらの要素を検討していく中で、自分自身やパートナーの価値観などが具体性を帯び、これによって予算のハードルが度々顔を出すようになります。「予算がネック」といった問題意識が続く間は、全体としての選択は困難を極める状況だと思います。結果的に整理がつかず投げ出したくなるかもしれませんが、そんなものだと割り切って一度距離を置いてみても良いと思います。そうした「時間」をかけることで、自分自身に変化が生まれます。実際は外的条件が好転することより、現実を知りこれに上手く対応しようとする当事者の変化の方が重要です。本章の前半で記載した私たちが陥りがちな思い込みや認知エラー、そして結果としての「過度な期待」から解放されるようになるからです。根気よくその背景を確認し情報を得ることで妥協の道が見えてきたり、また妥協のつもりが実はベストの選択になっている、といったこともよくあることです。住宅の検討（住宅観を育る）には多くの「時間」と「試行錯誤」が必要ですから、最初からこれを前提にして「選択する行為自体を楽しむ」くらいの緩い心構えで臨むのがちょうど良いと思います。

➤変化するプライオリティー
　住宅観がある程度定まるのは、子供や親御さんとの生活形態にもよりますが、実際のところ「40歳くらいから」というのが目安のような気がします。というのもこの年齢になると、親が年老いていく姿や子供が成長していく姿を知ることができます。そしてその背景には必ず「親と過ごした家」や「子供と過ごした家」が存在しています。こうした体験を経て「家という器が家族にどういう役割をはたしたのか」おぼろげながら理解できるような気がするからです。たぶんそれは「家族にとっての家」が持つ本質的な価値（必要価値）であり、私たちの住宅観の中心にあるべきものなのです。

　私たちの生活は上記＜住宅観を構成する主な要素＞④の「家族構成と将来設計」に大きく依存します。それは、④によって地理的条件、住宅のサイズ、ライフスタイルなどが大きく変化する可能性があるからです。
　例えばパートナーと二人だけの生活から、子供が誕生し、成長し、独立する、そしてリタイア後は夫婦の日常生活の舞台が「家」となる、といったことを想定すると、その時々のニーズに合わせた変化を考えていくことがポイントになります。初めは満足感一杯のデザインやインテリアもしばらくすると陳腐化し、子供のためのスペースをどう作るかが最優先されるようになります。そして子供たちが満足してくれた時間もそこそこに、都市部の学校にいったり独立したりして部屋を空けてしまいます。子供部屋を物置にしたくなければ、リタイア後の生活を想定してリフォームすることになります。本当にデザインやインテリアなどに拘れるのは、むしろその時かもしれません。
　「家族が安心して住める住宅」を検討している時に、遠い将来のことまで考慮に入れるのは無理かもしれませんし、実際その時々においてはプライオリティーが高い選択をしていくでしょう。しかしそのプライオリティー自体が、時間の流れの中で家族のニーズに応じて大きく変化していくことはほぼ予想できます。私たちはこうした将来の変化にも一定の対応ができるような住宅観を持ち、併せて資金計画を考えておく必要があると思います。

➤非地位財としての「家」
　古今東西というと大げさではありますが、歴史的に見ても「家」は多くの成功者の権勢の象徴として存在してきました。その意味では地位財としての性格を充分に備えた存在といえそうです。現在でも豪邸はそこかしこに存在していますが、「豪邸といえどもピンキリ」というところが相対的価値からなる「地位財」としての性格をよく表していると思います。
　ところでそうした地位財にも「必要価値」があることを🅂17で記載しました。必要価値とは、例えば家族4人が生活していくために家としての最低限必要な要素を備えていることを意味しています。ただ「家」の必要価値も実際のところはその国や地域のコンテクストに影響されていますし、それは東京ではどういう水準かと問われると答えに窮するのですが、「安全に家族全員が暮らせる程度の広さを持った家」ということにしておきます。
　そうした家の存在は、時と場合によっては私たちの心の拠り所となる場合もあります。それは単に「家」という物理的な存在ではなく「父や母と暮らした時間」や「子供たちと賑やかに過ごした日常」の記憶が基礎になっています。そのため、「庭にあったブランコ」や「大きなもみじの木」、「縄跳び」や「一輪車」などと共に私たちの記憶を構成したりもします。「家」は単なる雨風をしのぐ器ではなく、その時々の家族構成や用途に応じて柔軟に変化し、住む人の満足感を生み出していくものです。つまり私たちや家族の心身を癒すための大切な空間を作り出し、幸福な人生のという舞台の背景に静かにたたずむ大道具のような存在なのです。
　物に感情移入をするというよりも、様々な記憶の背景に静かに存在している家は、やはり精神的に私たちを癒し続けてくれる存在のように思えます。買うにしても借りるにしても、楽しい家族との記憶が詰まっていれば、それは大切な「非地位財としての家」になりうるのだと、私は思っています。