見出し画像

濡れ衣ケーブルの復権

危うく冤罪を生むところだった。僕はヒヤリとしながら、ゴミ袋からスマホの充電ケーブルを救い出した。

事件の発端は、ここのところスマホへの充電の調子がひどく悪かったことにある。

充電ケーブルの端子をスマホに差し込むと、何秒かおきに「充電開始」の画面が出続けるのだ。おそらく、断続的にほんの一瞬だけ電気の供給が途切れてしまっているものと思われた。

僕はスマホを常にマナーモードに設定しているので、目立った音は鳴らないんだけど、充電を始めた途端、ヴンッ!ヴンッ!とスマホが小刻みに震え続けているのが分かる。

僕のベッドは枕元にコンセントがついていて、電源プラグを挿せるようになっている。だから、そこでいつもスマホを充電しながら眠るんだけど、暗闇の中で目を閉じていると、スマホの画面が数秒ごとに光を放っているのを感じる。

それだけなら気にせずに使っても良かったんだけど、この現象が見られるようになってから、たまに「上手く充電されない」という“実害”が出始めた。朝起きたときにスマホが充電されているか否かが、賭けの対象になってしまったのだ。

いや、「充電されない」どころではない。あるときケーブルを挿したままスマホを使っていると、みるみるうちに電池が減っていくことに気付いた。手の中で勝手に震え続けるスマホの右上に表示された電池容量を見ながら、僕は暗澹たる気持ちになった。

(もしかしたら、スマホ自体が故障してしまったのかもしれない。買い替えなければならなくなったらどうしよう…)

僕は今、iPhone SEを使っている。2023年8月に、キャリアの乗り換えキャンペーンを利用して1万5000円で手に入れた代物だ。最近のiPhoneは値段が高すぎて全く買う気にならないけど、これくらいなら僕にでも手が届く。

容量は128GBあり、たとえ写真や動画を溜め込んでも十分な余裕がある。唯一の欠点は、カメラに広角レンズが付いていないため、近くから大きな建物を撮影できないことくらいだ。それだけは城郭の撮影時に困ったことがあるけど、あとは基本的に満足している。

iPhone SEの前は、iPhone6を6年以上使ったから、この機種もできれば同じくらいはもたせたい。スマホはLINE、SNS、カメラ、Google検索のほか、メモ帳、乗換案内、語学学習アプリくらいしか使っていないから、最新機種なんて全然必要ないんだよね。

そんなこんなで、僕はまず、スマホではなく充電ケーブルが犯人ではないかと疑い始めた。

よくよく考えると、充電不能の珍現象が起こるのはベッドの枕元にある充電ケーブルを挿したときだけだ。外出中に別のケーブルと合わせて補助バッテリーを使ったり、パソコンのUSBポートから電気を供給したりした際には、例の現象は生じない。

枕元で使っているケーブルは、プラスチックの部分に少しヒビが入っていて、コードの色も日焼けと手垢で褪せている。きっと寿命を迎えてしまったんだ。

ある朝、寝ている間に枕元で充電していたにもかかわらず、40%台だったスマホの電池容量が数%にまで落ち込んでいることに、僕は気付いた。

(とうとうやったな)

僕は容赦なく充電ケーブルを引っこ抜くと、くるくると小さな輪の形に巻いて、ゴミ袋に放り込んだ。

この少し前に、僕はこのケーブルとある“取り決め”を交わしていたのだ。

「次にスマホが充電されていないことがあったら、そのときは絶対に君を捨てる。分かったね?」

充電ケーブルは覚悟が決まっているのか、それとも必ず充電できる自信があるのか、すまし顔をしていたんだけど、結局はあれも虚勢を張っていただけだったのだろう。

僕は既に買っておいた新しい充電ケーブルを挿し、再度スマホの充電を開始した。

ヴンッ!

(ん?)

ヴンッ!ヴンッ!

(あれ…?)

おかしい。充電ケーブルを替えたのに、これまでと同じ現象が起こる。

(なぜだ…!)

僕は買ってきたばかりのケーブルを別のUSBポートに差し替えてみた。すると、こちらでは問題なく充電できた。

(待て待て。冷静に事実を整理しよう)

まず、充電不能に陥るのが枕元においてのみということから、問題の要因がスマホ側にはないことが分かる。ただ、枕元の充電ケーブルを交換しても問題が発生するからには、これも原因ではなかったということだ。

それ以外の選択肢を探した僕は、ハッとした。

充電ケーブルが繋がっている先、コンセントに差し込むプラグ型のUSBポート…こいつが真犯人だ!

ということは、さっき捨てた充電ケーブルには問題などなかった可能性が高い。

僕は慌てて、廃棄した充電ケーブルをゴミ袋から拾ってくると、偶然余っていた別のプラグ型USBポートに取り付け、これを枕元のコンセントに差し込んだ。

もう一度、スマホの充電を試みる。

シーン…。

決まりだ。やはり充電不能問題の原因は、元々ベッドのコンセントに挿していたプラグ型USBポートだった。便宜的に100円ショップで買ってきた品だから、「さもありなん」という心持ちである。

これまで使っていた充電ケーブルには、深く謝罪した。確かにプラスチック部分はちょっと割れているし、元々は真っ白だった線も灰色がかってはいるけど、銅線が剥き出しになっているような箇所など一つもない。

「君は正しかった。まだまだ職務をまっとうできるみたいだね」

今回の件は、「連続殺人事件の犯人を捕まえたものの、それは先入観に惑わされた誤認逮捕で、そのあともまた事件が発生したことから、何とか真犯人を突き止められた」みたいな感じだ。

いずれにせよ、間一髪のところで冤罪を防げて、僕は胸を撫で下ろした。

いいなと思ったら応援しよう!