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アニメ版「葬送のフリーレン」所感

今さらながら、アニメ版「葬送のフリーレン」を見た。とりあえずはNetflixで配信されている28話まで。僕は考察や批評をするほどアニメに詳しくないので、ここでは備忘録も兼ねて所感をつらつらと書いておく(ネタバレはなし)。

フリーレン、思ってたより戦う

この作品は、魔王を倒して世界に平和をもたらした勇者一行の魔法使いフリーレンの後日譚である。

フリーレンはエルフなので、ほとんど不死身の長寿を誇る。勇者一行が旅をした10年という歳月は、人間の仲間にとっては長いものだったが、フリーレンからすれば人生の1%にも満たない短い期間だった。

仲間たちが老いていく中、自分だけ(少なくとも容姿は)若いまま。フリーレンにとってそれは当たり前のことで、「人間はすぐに死んでしまうな」くらいにしか思っていなかった。

だが、ともに旅をした仲の勇者ヒンメルが亡くなったとき、フリーレンは自分が彼について知ろうともしなかったことを深く後悔する。より深く人間を知るため、フリーレンは再び旅に出るのだった――。

こういう筋書きの話だから、てっきり終始のほほんとした作品なのかと思っていたら、意外に戦闘シーンが多くて驚いた。

もちろん、街や村の人々と交流を深める場面は要所要所で見られた。ただ、概ね平和になった世界の話とはいえ、まだ魔族の残党ははびこっているし、危険な竜がいたり、魔法使いの資格試験があったりして、7〜8割は戦っていた印象を受ける。

なお、あとで調べたら、アニメ版は原作の漫画と比べて派手な戦闘シーンが追加されているらしいので、原作はもっとのほほんとしている模様…笑

ギラギラ感ゼロの主人公

フリーレンは1000年も修行を積み、魔王を倒した勇者一行の魔法使いだから、当然ながら相当に強い。

この設定だと、ともすれば「チート級に強い主人公が無双する」タイプの漫画となっていてもおかしくはないけど、そうした最近流行りの筋書きとは一線を画しているところが良かった。

真の強者だからこその精神性かもしれないけど、フリーレンはそもそも「強さ」という概念にあまり価値を置いていない。

強さに興味を持たない主人公が、必要なときだけ(ある意味で仕方なく)淡々と戦う。この脱力した受け身な感じ、ギラギラ感のなさが、僕の性に合っていた。

「無駄」って何だろう

本作中では「くだらない魔法」という言葉が出てくる。存在していても無駄な魔法という意味だ。また、フリーレンが魔力の制御に1000年を費やしたことについても、「無駄な時間の使い方」と酷評する者がいた。

この「無駄」というのは、「強さ」に直結しない(=魔族との戦いで役に立たない、または非効率である)ということを示している。

これって、現代社会の様相にとてもよく似ている。今の世の中でも「お金を稼ぐ(=資本主義市場で戦う)」ことに役立たない行動は決まって「無駄」と判断されるからね。

勉強や趣味が奨励されるのだって、お金を稼ぐことに直結はしなくても、学力や教養や心の豊かさが最終的にはその人の市場価値(=お金を稼ぐ力)を高めると思われているからに過ぎない。

しかし、魔族を倒すことに1ミリも貢献しない「くだらない魔法」でも、フリーレンは全く無駄とは思っていなかった。その習得自体が彼女のライフワークであり、生きる意味の1つだったからだ。

最終的に、その「無駄な魔法」が運命的な出会いを生むことになるし、「無駄な時間の使い方」によって習得した技術がとある敵への勝利に繋がる。でも、それはあくまで結果であって、フリーレンにとっては副次的な産物に過ぎなかったに違いない。

これは私たちの世界とて同様じゃないだろうか。たとえお金を稼ぐことに1ミリも貢献しない「無駄」と言われる行動でも、自身が生きる上で大切な事柄なのであれば、信念をもって迷わず続けるべきだ。それはその人にとって無駄ではないんだよ。

周りの目とか、常識とか、そういう「他人の物差し」の方がよほどくだらない。もちろん、生きていくためにある程度のお金は必要だけど、それを稼ぐこと自体が人生の目的になってしまったら、それこそ「お金の奴隷」として縛られたまま生涯を過ごすことになるだろう。

花は散るから美しい

僕は歴史が好きなので、フリーレンが生きてきた1000年という時間についても考えた。

長くても100年そこらしか生きられない僕ら人類にとって、1000年はほとんど無限とも思える時間だ。そんなに長い人生を歩まねばならないなんて、僕は絶対に勘弁してほしいけど、膨大な時間があることを羨ましいと思う人も多いだろう。

中島敦の『山月記』には、「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い」というセリフがある。古代中国の始皇帝も不老不死の霊薬を探し求めたそうだし、長生きしたい人の気持ちは分からなくもない。

ただ、フリーレンが絶大な力を持ちながらも、勇者ヒンメルと出会うまで魔王を倒しに行かなかったように、時間があると思うと、人は問題を先送りにしがちだ。時間があるときに限って、無為に過ごしてしまうことは少なくない。

花は散ってしまうからこそ、その刹那性から美しいと感じられる。例えば、桜が一年中咲いている花だったら、あの美しさに価値を見出す人は半減するんじゃないかな。

命も同じで、人は生涯の終わりが見えているからこそ、それに間に合うように何事かを成し遂げようと努力するし、輝こうと頑張るものだ。だから、時間という概念を超越している不死のフリーレンにとって、限りある命の人間とともに旅をしたことには大きな意義があったと僕は思う。

実際に、ヒンメルたちとの旅が彼女を大きく変えたわけだけど、その詳細については是非ご自身で作品を見てみてください。

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