【詩】世界
そいつは世界と名乗って
タクシーに乗車すると
何処かへ行ってしまった
そいつが初めて此処に来た時
誰だ!と問う声に俺だ!と
答えたものだが正直言うと
俺では何も分からなかった
そいつは何事に於いても
全く普通のやつだった
何が得意不得手ともなく
美しくも醜くもなく
高慢でも謙虚でもなく
ただ奥行きのあるやつだと
だんだん皆が理解し始めた
ただ者ではないと皆が思った
そいつは常に葛藤していた
時間がそいつを苦しめていた
そいつの内面は荒れ狂っていた
恐怖 倦怠 怒り 悲しみ 恨み 妬み
言葉の羅列では一歩も進めない
のっぴきならない緻密な切実さ
一度体育館裏でそいつが独り
しくしく泣いているのを見た
ずっとへとへとなのだった
それで胸を掻き毟りたくなった
こいつは守ってやらなければ
おそらくある時点で皆が
そういう結論に達していた
そのタイミングを見計らう様に
かつて俺だ!と叫んだそいつは
初めて世界と名乗ったのだ
そして何処かへ行ってしまった
行き先も明かさずタクシーに乗って