東京トンガリキッズ・21ct 「岡崎京子のように」
以下に公開するのは、「宝島AGES」第3号(2015年8月号)に掲載の中森明夫<東京トンガリキッズ・21ct>第3回の全文です。掲載写真の撮影は代田康彦氏です。
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東京トンガリキッズ・21ct
「岡崎京子のように」
BGM=フリッパーズ・ギター『全ての言葉はさよなら』
岡崎京子を知ったのは、いつのことだったろう?
高校生の時、映画『ヘルタースケルター』を観たんだ。蜷川実花さんの写真が大好きで、カラフルでラブリーな実花ちゃんワールドにひたろうとして、ショックを受けた。
沢尻エリカの衝撃ヌード!
ひたすら女の子が堕ちてゆく、地獄めぐり。原作本を探して読んだ。
今の少女(壁ドン!)マンガとは全然、違う。妖しい世界にムラムラした。
この作品を完成させた直後、「岡崎さんは飲酒運転の車にはねられ、現在もリハビリ中」という。
1996年?
えっ、あたしが生まれた年だ⁉︎
高校を卒業して、美術系の専門学校へ入ったけど、つまんない。今は古本カフェでバイトしてる。
あたしが岡崎京子のマンガを読んでると、ずっと年上の男の人たちが話しかけてくる。昔のことをいっぱい教えてくれようとするのね。
サブカル先輩……って、ひそかに読んでるよww
「ピンクってのは、愛と資本主義の色さ」と言った人がいたけど、なあんだ、岡崎京子のパクリじゃん⁉︎ って気づいた。
でも、女の子がワニ飼ってるなんてありえなくないっすか? と訊くと「バカだな〜、象徴じゃん」とサブカル先輩。
ショーチョー?
「ああ、ワニは欲望の象徴だよ。バブル期の女は、みんな心の中に欲望という名のワニを飼ってたのさ。村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』、読んでみ。元ネタだよ。ワニ飼ってるモデルの女が出てくっから。なあ、おまえ……もっと本、読めって」
う〜ん、正直ウザい。
カフェで流してるDVDに岡崎マンガそっくりの映像を見つけた。
岡崎さん、またパクられてる。
パクり監督の名前を確認すると……「ゴダール」だって。
誰それ?
あたし、な〜んも知らないなあ。
ビックリハウスもピテカンも、YMOやウゴウゴ・ルーガ、渋谷系、ナイロン100%、イカ天、ニューアカ、ディー・ライト……などなど。
岡崎京子のマンガに出てくるイミフな単語たち。
ググれ、カス! ってサブカル先輩に怒られそう。
「フリッパーズ・ギターの歌詞はすごいよ。言葉は出逢いのため、コミュニケーションの手段だろ? それがディスコミュニケーション、全ての言葉が"さよなら"の道具だなんて。小沢健二は哲学者さっ」
せ、先輩、意味不明っすけど……。
あたし、気づいたんだ。
岡崎京子のマンガには、スマホは出てこないって。ツイッターもインスタもLINEも六本木ヒルズもユニクロもAKB48も……いない。
どこか今の東京とは風景が違う。
『東京ガールズブラボー』のサカエちゃんは、東京タワーのてっぺんに登りたい! なあんて叫ぶけど、あたし、憧れるな。そういう時代の女の子に。
『リバーズ・エッジ』はすごかった。あの後に、岡崎さんがどんな世界を見せてくれたのか? 想像するだけで、なんかドキドキする。
春に世田谷文学館の岡崎京子展へ行ったんだ。
しんとした館内に岡崎マンガの女の子たちが飛び跳ねている。
「昨日はオザケンが来て、ここで唄ったみたいだよ」
オザケン? 小沢健二? あのー、フリッパーズなんとかの?
よく知らないけど。
岡崎さんの年譜を見た。
19歳で漫画家デビュー、32歳で事故に遭う。13年間でこれほど爆発的に作品を描いて、いや、その後の沈黙の19年間のほうが長い……。
会場の出口にあったパネルの文字を見る。
えっ?
身体の自由の効かない岡崎さんが、視覚操作のコンピューターで時間をかけて発したメッセージだという。
<ありがとう、みんな>
涙が出た。
展示会場で飛び跳ねていた岡崎マンガの女の子たち、あたし、あの娘らに言いたくなった。
あなたたちのいるべき場所は、ここじゃない! そう、21世紀の東京……ストリートのはずでしょ?
会場を出て、振り返ると<岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ>の看板が。
……戦場?
ああ、平坦な戦場でぼくらが生き延びることーー『リバーズ・エッジ』の子供たちは、たしかそう呟いていたっけ。
ハルナは、山田君は、吉川こずえは、どうしているだろう?
まだ、あの死体の埋まった河原の街にいるのかな?
『ヘルター・スケルター』のりりこは、死ななかった。あれほどひどいことが、あったのに。
タイガー・リリィは生きている!
岡崎京子もまた……。
どんなひどいことがあっても、女の子は死なない。生き延びなきゃいけない。絶対に。
それが、きっと岡崎さんのメッセージだ。
岡崎京子のように。
岡崎マンガの女の子のように。
生きること。
生き延びること。
ピンクは、愛と資本主義の色……なんかじゃない。
そう、岡崎京子……あなたが流した血の「赤」と、傷をいやす包帯の「白」を、混ぜた色なんだ。
あたしは、あたしの時代の「ピンク」を探す。
2015年の東京で。この平坦な戦場で。
いつか東京スカイツリーのてっぺんに登って、思いっきり叫んでみたいな。
ああ、あたし、いつか……いつか、きっと行ってみたいな。
どこへ?
……そう、リバーズ・エッジの向こう側へ。
(了)
<中森明夫の最新情報>
『東京トンガリキッズ』は27歳で出版した私の初単著、デビュー作です。今、また新しい小説を書いています。<サブカルチャーのカリスマ・寺山修司が今も生きていて、アイドルグループをプロデュースする…その名も『TRY48』!>と題する、ぶっ飛んだ物語。文芸誌「新潮」で連載中。第1〜3章が以下のサイトで無料で読めます。ぜひ、ご一読を!
https://www.shinchosha.co.jp/shincho/special/try48/