番外編(20xx+2)年3月 花言葉💐、コーヒーカップ☕とそれぞれの名前
喫茶『洋燈』に入ると、葵さんが古い書籍を開いてため息をついているのが目についた。
『珍しいじゃねぇか。ため息なんて、、、どうかしたのか?』
藤四郎が軽口半面、気遣いの言葉をかける。
『お店の前で、スノードロップの花が咲いてたんだけど、、、。』
葵さんが困った顔でつぶやいた。開いた本を脇に挟んだまま、片手間にコーヒーを淹れてくれる。
『この花の花言葉って、普通は[希望、慰め]なんだけど、人から送られると[あなたの死を望みます]って意味になるのよね。』
コーヒーを出し終わると、その古い書籍を俺たちに見せて指をさす。何だか、悲しそうな空気が伝わってくる。
藤四郎がなにやら口を開こうとした瞬間、遮るように葵さんが口を開く。
『そういえば、私たちって、みんな名前に花の名前が入っているわよね、私なんか、フルネームで花の名前なんだけど、、、。』
少し焦った感じで葵さんが本のページをめくりなおして、白根葵の項目を俺たちに誇らしげに提示する。
花言葉は、「完全な美」「優美」。
『おおお、完全な美か!それはそれは、ちょっと思うところがあるんだが。確か、この前の、、、』
すかさず携帯電話を操作しだす藤四郎を捕まえて、葵さんが殺気のこもった声を出す。
『えええぇ、私、とっても綺麗なんですよ!だから、ぴったりよね?』
ただ事でない殺気が葵さんから立ち上る。胸倉と手首をつかまれた藤四郎は意味ありげに笑っているけど、、、。
『ゴホン!』
やがて手を放した葵さんが咳払いをする。
『ほら、誠志くんは、セージでしょ?ほら、賢者って意味の、、、。』
葵さんが本のページをめくる。
(花言葉は「智恵」、「家族愛」、、、なんだか、皮肉だな。)
命を落とした母と半植物状態の妹の霞のために、その元凶となった実の父親である大橋出雲をつけ狙っていた俺。現在の持続を願う俺と、何を壊したら、出雲との争いは終わるの、、、という出口を求める俺。その不毛な思考のループを断ち切るように、葵さんが言葉を続ける。
『霞ちゃんって、カスミソウからきている名前よね?』
葵さんが俺に確認を求めてくる。
『あ、そうそう。そうなんですよ。よく気が付きましたね。』
『あら、やっぱり?ロマンティックな名前よね!』
葵さんが改めて本のページをめくる。
花言葉は「清らかな心」「無邪気」「親切」「幸福」。確かに間違っていない。
『じゃあ、待ってました!次、俺、俺だよね?』
藤四郎が身を乗り出して話に割り込む。葵さんが意味ありげににやりと笑うと、、、。
『由利くんはユリだから、、、。』
葵さんがページをめくると、そこにかかれていたのは「純粋」「無垢」「威厳」。
『純粋な、由利君は、どうしていつもすねてるのかなー?』
葵さんが沸騰した新しいコーヒーをカップに注ぐ。
『ちょっとまて!それコーヒー豆煮えてんだろ!』
藤四郎が騒ぐ。誠志は手元のコーヒーをすすりつつ、その様子を眺めるが、、、。
(あれ、この違和感はなんだろう?)
いつもひそかに頼りにしている第六感が働く。
そういえば、藤四郎の『藤』って花言葉があるんだよね?
誠志は素早く携帯で検索する。
花言葉は「歓迎」「佳客」「優しさ」「決して離れない」「恋に酔う」。
『藤四郎』は刀鍛冶の名前で、何かにつけて鋭い印象の由利のイメージにピッタリすぎてあえて名前で呼ばなかったんだけど、もしかしたら葵さんが藤四郎を名前で呼ばないのは、、、。
先ほどのコーヒーにクレームをつける由利に応えて、ちゃんとしたコーヒーを淹れなおす葵さんを見ながら、なんとなく小説のワンシーンを思い出していた。
誠志の好きなディッケンズの『荒涼館』という古い小説の話。主人公の少女エスタの視点から日記形式でつづられたとある章で、後に大切な人となる人物との出会いをわずか最後数行だけで『そういえば、○○さんという人物を紹介されたわ』と無味乾燥に記述していたシーンを。