ウマ二次創作(クリーク)

※好き勝手に書いた習作にして処女作です。所謂『なんでも許せる人向け』というやつです。
・トレ♀主観の短編
・クリークの解像度が低い
・起承転結なんてものは存在しない





卒業証書を手にし、冬の制服を着た彼女から告げられたのは別れの言葉だった。
涙を滲ませながら無理に作った下手な笑顔を浮かべて、手を振りつつ去っていく姿を慌てて追いかける。
だけど私の両脚は泥がまとわりついたように重い。
無我夢中で手を伸ばすけれど、私の両手は空を切るばかり。

悔しさと悲しさが混じった涙が、ひとつ、また一つとこぼれ落ちる。

ぽたり。

ぽたり。

ぽたり。


ごぼり。

どうにもならない気持ちと一緒にこぼれ落ちる涙に意識が向いた途端、私は水の中にいた。
さっきとは違う理由で手を伸ばす。
無我夢中で水を掻く。
上も下もわからないままで、どうにか抜け出そうと踠く。


助けて


必死に願った瞬間、聞き覚えのある優しい声と一緒に、温かくて馴染みのある手のひらが私を包み込んでくれた気がした。




目を開くと、そこに映ったのは見慣れた自室の天井だった。
ひんやりとした感触の残る目元に触れると、指先には濡れた感触。

泣いてたのか、私。

どこか他人事のように思う。
そりゃそうだ。だってあれは夢だもの。
でも最後の声は、手のひらは、あれはきっと——

その瞬間、ベッドの脇の目覚まし時計が喧ましく自己主張をし始めた。
それをどうにも煩わしく思いながら、目覚まし時計と一緒にぐるぐると回り続ける寝ぼけた思考を止めて、ベッドから体を起こすことにした。




快晴の府中の空とは裏腹に、私の心はまだ曇っている。
今朝見た夢が未だに頭を離れない。
確かにあれは夢だ。大体、クリークの進路について一度も聞いた事はないのだから、これからどうなるかなんてわからないはずだ。
はず……なのだけれど、そう思えば思うほどあの光景が現実味を帯びてくる気がしてつい眉を顰めてしまう。

いけない。今はトレーナーとしての仕事に集中しないと。
どうにも弱気な自分に喝を入れて、ターフを走るクリークを見る。

なぜだろう。今日のクリークは、なんだか集中力に欠いているような。
走っている最中なのにこちらをチラチラと伺っている?

「クリーク、どうかした?」

ひと回りしたところで戻ってきたクリークを呼び止め、尋ねる。
すぐに質問の意図を理解したのか、弾かれるように耳がぴこんっ!と跳ねた。
どうやら自覚があったらしい。

「その〜、なんとなくトレーナーさんの元気がないような気がしまして〜」

戸惑うようなそぶりを見せた後、伏目がちに彼女はそう言った。

「あはは、バレちゃったか」

苦笑しながら思う。やっぱり優しい子だ。
そして私の一言で心配そうな表情を浮かべるクリークを見る。もう練習って雰囲気じゃないか。

「少し休もっか」

そう言ってタオルを渡しながら、少し離れたところにあるベンチへ彼女を促した。



「クリークはさ、卒業後の事とか考えてる?」
座ってすぐ、開口一番に言い放った。

「卒業後ですか?」
「そ。卒業後。実家の託児所を継ぐとかさ」

こちらの質問に、うーん、なんて言いながらクリークは困った顔をする。当然だろう。脈絡がなさすぎる。

「ごめんごめん」

軽いノリで謝って、今朝見た夢のこと、そのせいで考えてしまうイヤなことについて、ぽつぽつとクリークに話し始めた。
話しているうちに、私自身の執着心を本人に伝えている気恥ずかしさもあって感情が昂ってしまったのか、ちょっと目頭が熱くなってくる。

「——それでクリークはこれからどうするのかなって……あれ?」

ふとクリークの顔を伺うと、彼女は眉根を寄せながら頬を膨らませていた。

「トレーナーさん。トレーナーさんは、私がトレーナーさんを置いてどこかに行っちゃうと思ってたんですか?」

思わず言葉が詰まる。
そんなことはないと即答したかった。
だけどさっきまで考えていたこともあって、簡単なはずの言葉が喉のどこかに引っかかっている。
思わず下唇を噛みそうになった私に、クリークはにっこりと相好を崩して言った。

「ふふっ、ごめんなさい」

そして

「大丈夫ですよ、トレーナーさん」

優しい声、優しい笑顔。

「私が皐月賞の前から不調になった時も、それを乗り越えて菊花賞に勝った時も、タマちゃんと競い合った大阪杯も、ずっと側にいてくれたのはトレーナーさんです。そんなトレーナーさんを置いて、私がどこかに行ってしまうなんてあり得ません」

ゆっくりと言い聞かせるように、縮こまって固まってしまった心をほぐすように。

「それに、私とトレーナーさんはもう——」
「『言葉になんて言い表せない関係』、でしょ?」

わざと言葉を遮って言った。なんとなく、クリークの言おうとしていた言葉がわかっていたし、そこだけは私の言葉で言いたかったから。

「はい♪」

私の答えに満足してくれたのか、クリークは私の頭に手を伸ばして撫でてくれた。

「ふふっ、えらいこえらいこ〜」

ひと撫でされるごとに、体の中に充満していた重苦しいものが晴れていくような気がして、髪越しに伝わってくる温かな感触に身を委ねた。
そういえば、最初の頃は年下の彼女に甘えるのが恥ずかしくて、慣れないうちは落ち着かなかったっけ。
それも随分前に感じるくらい、二人三脚で歩んできた道のりには色々あったなぁ。

そんな感慨に浸りながらしばらくそうしていた後、

「では、トレーナーさん♪」

と、クリークが自分の太腿をぽんぽんと叩く。

「えっと……?」

言わずとも何を求められているのかはわかる。
けれど撫でられるだけで満ち足りていた私は、気が抜けていたのもあって思わず聞き返してしまった。

「トレーナーさんが不安じゃなくなるまで、今日はい〜っぱいでちゅね遊びをしましょう♪」

これはマズい。なにが不味いって、この雰囲気で行くと最大級の"甘やかし"が来る確信があることだ。
普通の甘やかしなら、レースの観客の前でも見せたことがあるからまだいい。だけどあれは流石に……!

「あの、クリーク。私もう大丈夫で」
「はい♪」

だめでした。

「お、お手柔らかに」

にっこり笑うクリークに断れない何かを感じて、私はせめてもの抵抗とばかりに一言告げて、曖昧な笑みを浮かべながら彼女の膝に頭を乗せた。


通りすがる他のトレーナーやウマ娘の生暖かい視線を受けながら時間は過ぎてゆく。
なんなら入学したばかりの中等部の子なんか、初めて見たのか顔を真っ赤にして通り過ぎていった。
これは教育に良くないかもなぁ。そのうち理事長からも怒られたりして……
まあいいか。クリークも私も幸せだし。

そう思って、横向きになっていた体を90度回転させて上を向く。
満足そうなクリークの顔……は膝枕されてる状態だと見えないけど、なんとなくそんな雰囲気は伝わってくる。

これからも、こんな幸せな時間が続くんだろうな。
いつまでかはわからないけど、きっとすごく長い時間。もしかしたら一生かも?そう思うと心の底がなんだかくすぐったい。


「ねえ、クリーク」

「なんですか〜?」

「これからも、ずっとずっと一緒にいようね」

「はいっ!これからも、た〜くさん甘やかさせてくださいね♪」






オマケ

「ところでクリーク」
「はい?」
「さっきからバクの着ぐるみを着たゴールドシップがこっちを見てるんだけど」
「どうしたんでしょう……?」

「うわっこっち来た」

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