あるいは、死のメタモルフォーゼ
矮小な箱庭の重さ。1350グラム。
柑橘類の皮をむいたような日差し。
少年が一人、絵本を読んでいる。
風です。ソーダ水の音がする風です。
きっとスカイフィッシュが
何事かつぶやきながら、
山に向かったのでしょう。
絵本はいつまでも終わらないのです。
かわとんぼが
ページをまた書き換えたのですから。
あいつらはゆっくり飛んでいるのに、
捕まえさせてはくれませんでした。
あっちの川とこっちの川を
いったり来たりするからです。
日差しは柚子の皮からレモンの皮。
はえとりぐもの一族が
わたあめを空間に逃がしました。
彼らは狩りが巧いのに
わたあめを使うのは下手なのです。
『わたあめはお好きですか?』
くもの一人が隣に座って聞くのです。
『いやいや、あれは憧れみたいなもんなので、
あまり・・・。
積乱雲を征服した気分を味わうだけの
玩具ではないでしょうか?』
五つの目をぱちくりすると、
はえとりぐもは紙の上で跳ねる
砂粒みたいにいってしまいました。
絵本がまた重くなりました。
かわとんぼはひょうひょうとしていて、
ちゃんと仕事をするやつなんです。
スカイフィッシュと
もっと仲良くやればいいのに。
あぶらぜみが足元で気を失い。
くろありがそれを収穫します。
これは毎年の仕事です。
あぶらぜみはみんなのめぐみなんです。
くろありもくももねずみも。
あれが嫌いなのは箱庭の外の
にんげんだけでしょう。
日差しが蜜柑の皮です。
絵本をパタンと閉じました。
かわとんぼに謝らいないと。
ちゃんと謝らないと。
おにやんまに喉元を毟り取られるのです。
だから、こわくなって、
ソライロアサガオのお茶を飲みました。
白い服を着た女の人が赤ちゃんを抱えて笑っている。
そんな挿絵でした。
良い絵本のはずなのに、
少年はかわとんぼの約束をやぶったのです。
エピローグを読んじゃいけないよ。
蜜柑の皮が燃えるように大きくなって、
小さくなって、破裂しました。
ぼちゃっ!
怖いので、
またソライロアサガオのお茶を飲みました。
ダチュラのジュースも飲みました。
どれくらいの・・・・
時が流れたのでしょう・・・・。
ソーダ水の泡が風に乗って、
蜜柑が破裂した空間にこびりついています。
ちらちらちらちらしています。
一面がソーダ水の泡、泡、泡!
『おにやんまには内緒ですよ。
あいつだって…
好きで頸を毟り取りたいわけじゃないんですよ。それを解ってもらえると嬉しいのです。』
鼻先でかわとんぼがささやきました。
『あ・・・あと、スカイフィッシュは「頸の成れの果て」なんだと思います。』
帰り際に振り返り、
かわとんぼがつぶやきました。
お尻のよごれを払い、
少年は
げんじぼたるを呼びました。
絵本を開く事に決めたのです。
おにやんまがこわいのです。
まだ、おにやんまがこわいのです。
柚子の皮が空間に転がってくるまで、
げんじぼたるが寄り添ってくれました。
遠くから、爽やかな酸味の香りがする夜です。