反転世海の流星群 第2話
ふと目を開けると、隼人は火口のすぐ目の前に立っていた。
どうやら、此岸世界に戻ってくる事が出来たらしい。
彼岸世界に行っていたという事自体が夢のようにも思えたが、手の平に握りしめた宝玉に気付いて夢ではないと思い知った。
ゲームや漫画やアニメは人並みに嗜むが、自分がその世界に入って行きたいと思った事は一度もない。
あくまでも空想の物語はそれきりのものであり、現実世界とは相容れぬものだと思っていたから。
だからすぐ隣にサナが立っている事に気付いた途端、隼人は思わず驚きの声を上げていた。
隼人「サ、サナ!?
どうして、君がここに;!?」
サナ「お前が境界の純水の部屋で突っ立っていたから、ついていけるかもしれんと思って様子を見ていた
言っておくが、その水の宝玉はオレ達一族がずっと見守って来たもの
オレの祖父さんは戦乱が始まってから兵に取られ、親父も戦乱終結直前に召集された
戦乱終結直後に生まれたオレは、戦乱で亡くなった祖父さんの顔も親父の顔も知らない
ただその宝玉の守り人として、御袋に伝統を言い聞かされながら今まで生きてきたんだ
その御袋も数年前に亡くなって、オレの生きる意味はただその宝玉の為だけだった
それを突然此岸世界からやって来たお前に預けて、後は頼んだと言えると思うのか?」
そのサナの言葉は、嫉妬とかそういう類の感情を超越したものだった。
隼人は、サナ自身にそんな事を言われるまで、何故彼がイライラしているのか分かっていなかった。
謝ったところで気のすむ話ではないだろうが、何か言わないわけにはいかなかった。
隼人「それは、僕が…」
だが隼人がそこまで言いかけたところで、サナが突然隼人の言葉を遮った。
サナ「慰めの言葉がほしいわけじゃない、お前を選んだのはその宝玉だ
だからオレは、その石の行く末を見守りたくなった
お前が断ろうが嫌がろうが、お前について行く事に決めた」
隼人「で、でも;
こっちの世界には、サナのような姿の人間はいない;
明らかに目立つし、捕まりなんかしたら見世物にされちゃうよ;」
サナ「ほう、オレがそんなに弱く見えるか?
確かに彼岸世界では戦う相手もいなかったし、此岸世界にどれだけ強い者がいるかは知らん
だから、むしろそれが楽しみだ」
隼人「いや、そういう問題じゃ…」
だがそう言ったところで、突然地面が大きく揺れ始めた。
☆
サナ「何事だ!?」
隼人「地震!?」
隼人の住む地域では、地震は珍しい事ではない。
だがこの揺れは、今まで感じたものと違う気がした。
明言する事は出来ないが、ただの自然現象ではない気がしたのだ。
そしてその地震が収まってすぐに、隼人は自分が見たものに対して目を疑った。
此岸世界にいるはずのないウサギモチ達が、どこかへと向かって走り去っていったのだ。
隼人「な、なんで;?」
サナ「どうした、そんなにあいつらが不思議か?」
隼人「こっちの世界には、ウサギモチ達がいるはずないんだ;!
こんな場所に普通のウサギがいてもおかしくないかもしれないけど、ああいう姿の生き物は見た事がないよ;」
そう言う隼人にサナは不審そうな表情を向けていたが、ふと何かに気付いたように隼人から視線を外した。
隼人「どうしたの?」
サナ「静かにしろ、あそこに誰かいる」
そう言われた隼人はサナの視線を追ったが、月の無い夜である事と火口から湧き上がる噴煙に隠されて、サナが見ているものを確認する事が出来なかった。
だが次第に目が慣れてきた隼人は、ふとその姿に思い至って呟いていた。
隼人「姫花?」
その姿は、確かに姫花のものだった。
隼人の声が届いたとは思えないが、姫花もこちらに気付いたようだった。
☆
姫花「隼人?」
隼人の姿に気付いた姫花は、信じられないものを見るかのように隼人を凝視した。
その姿は、確かに隼人の見知った少女。
明らかに違う事があるとすれば、その周囲にまとった暗いオーラだろうか。
隼人「姫花、一体どうしたんだ;?」
姫花のまとうそのオーラは、控え目に言っても心地良い雰囲気のものではなかった。
姫花「隼人、貴方は私がもう一つの世界に送ったはずよ」
そう言われた隼人はふと思い至って、姫花に問うた。
隼人「そうだ、姫花
…君はどうして、あの時僕を…
僕を…彼岸世界に送り出したんだ?」
彼岸世界で多くの事を見知った隼人の事を、姫花も知っていると確信していた。
だがら今隼人が手にしている水の宝玉を手に入れさせて、何事かを成させる為だと思っていた。
それ故に姫花が予想外の事を言い出した時、隼人はその言葉の意味を理解出来なかった。
姫花「ずっと向こうの綺麗な世界にいてくれたら、こっちの世界で起こる事を見なくて良かったのに」
隼人「え?」
姫花「私の持つ石の力は、私が世界を厭うた事で歪んでしまった
同時に、何故か私に受け継がれてしまっていた巫女の力も
…ただこの世界を破滅に導く為に、動き出してしまった…
貴方にだけは、こんな世界を見てほしくなかった
こんな世界にいて、破滅の流れに巻き込まれてほしくなかった
それほどまでに、今私が持っている力は危険なものなのよ」
そう言う姫花の手に、橙色の光を放つ石が握りしめられている事に隼人は気付いていた。
姫花は、ずっと知っていたのか。
自身が創世の女神の生まれ変わりである巫女だという事も、彼岸此岸両世界の事も。
その手に持つ自然の力の宝玉の事も、自分がこの世を嫌い破壊の力を手に入れてしまうであろう事も。
姫花「貴方にだけは知られたくなかった、苦しい思いをさせたくなかった
だから何の力も持たない貴方を向こうの世界に送って、境界を閉じたはずだったのに
向こうの世界は、これからこちらの世界で起こる事と比べたら平和そのものだったはずだから
でも貴方は、色んなものを引き連れて戻ってきてしまったのね」
その言葉に、隼人はただ姫花をじっと見つめる事しか出来なかった。
☆
隼人から目を逸らした姫花は、すぐ隣で警戒気味に立っていたサナを見て言った。
姫花「貴方は、向こう側の世界の人ね」
サナ「貴方が、此岸世界の巫女様なのだな
しかし、彼岸世界の巫女様が言っていた事は何となく分かった
貴方の心は不安定そのもの、その不安定さが例の戦乱を生み出したのかもしれぬ
…そして、彼岸世界を限りあるものに狭めてしまったのかも…」
それを聞いた隼人は、咎めるようにサナに言った。
隼人「サナ!それとこれとは関係ないよ!
だって姫花はまだ15歳だ、君達の世界で例の戦乱が起こったのはずっと昔の話だろ!?」
勢いよくそう言った隼人だったが、サナがじっと隼人を見下ろして言った。
サナ「ほう、お前にはあの女性が未だ15歳に見えるのか?」
隼人「え?」
その言葉の意味が分からず隼人が再び姫花の方を見ると、サナの言っている意味が分かった。
姫花の姿は、明らかに成人した女性のようだったのだ。
その事に気付かなかった自分が、ひどく間抜けに思えてならなかった。
隼人「な、何で;?」
サナ「時空の歪みか何かだろう、彼岸世界と此岸世界では時間の流れが違うのかもしれん
お前が向こうの世界で、彼女が自分と同じ15歳と言っていたのは噓ではあるまい
だが時空の歪みゆえに、こちらの世界では先に数年経ってしまっているのだろう」
隼人「でもそれなら、こっちの時間の方が遅くなると思うけど;」
サナ「難しい事は分からんが、時空の歪みはコントロール出来るものじゃないんだろう
過去に行く事もあるかもしれないし、未来に行く事があるかもしれない」
隼人「それなら、今から過去に戻れば…」
サナ「出来ないとは言わないが、此岸の巫女様が彼岸世界に送っちゃくれねぇだろう
お前は気付かなかったんだろうが、彼岸から此岸に移る時に彼岸の巫女様が力添えしてくれてたんだぞ?」
隼人「そ、そんな;」
そう言い合う隼人とサナを見て、姫花が静かに言った
姫花「えぇ、時空の歪みの話は本当なんでしょうね
…でも驚いたでしょう、その数年の間に世界がこうも変わってしまうなんて…」
そう言う姫花の頭上高く、巨大なモンスターらしき黒い影が横切った。
それに気付くと同時に、周囲の異常にも気付かざるを得なかった。
隼人が知る平穏無事な世界は、既に存在していないのだ。
姫花「貴方達の言う彼岸世界と此岸世界は、やがて一つになる
この石は、私が夢の世界から持ってきたものだった
これを手に入れた日に見たその夢は、私に自分の宿命を教えてくれた
だからこそ、世界をこんな風に作り変える羽目にならないようにするつもりだったのに
…こんな力、本当は欲しくなかったのに…」
姫花の話を聞いていた隼人は、絶望を感じていた。
自分には、何か使命的なものがあるなどと考えない方が良かったのかもしれない。
姫花が隼人を火口に落としたのは、自らの巫女としての力を使って、美しい海ばかりが広がる彼岸世界に隼人を永遠に閉じ込める為だったのだから。
隼人「…こんな事って…」
そう言って打ちひしがれている隼人を横目に、舌打ちしたサナが姫花に言った。
サナ「あんた、それは本心じゃないな」
姫花「え?」
驚いたような声を上げる姫花に、サナが続けて言った。
サナ「あんたは、本当に全て壊したかった
さっき言ったそっちの方が、ずっと本心に近いに違いないね
あんたの世を厭う心から、破壊の力が生まれたんだとしたらな」
姫花「…」
サナ「お嬢さんよ、あんたは巫女の力を持っちゃいけなかった
そして、その地の宝玉の力も
あんたがどんな辛い環境で、今までずっと生きてきたのかは知らない
…だが今オレ達の目の前で起こっている事が、全てを物語ってるね…」
そう言ってサナは腰に下げていた鞘から剣を抜くと、姫花にその切っ先を向けた。
中高生の頃より現在のような夢を元にした物語(文と絵)を書き続け、仕事をしながら合間に活動をしております。 私の夢物語を読んでくださった貴方にとって、何かの良いキッカケになれましたら幸いです。