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お月さま、みーつけた!
つまんないの。
今日は皆既月食らしい。
家に帰ってからみたニュースで、アナウンサーの人がすごくうれしそうに話してた。
だから、すごく楽しみにしてたのに。
まっくらなんだけど。
ベランダから見た空は、ぶあつい雲におおわれていて、月は見えなかった。
あたしが生まれてから、何回かあったらしい皆既月食。
いちばん最後に見た月食は、お母さんといっしょに見たのをおぼえてる。
ピアノの帰り、いつもならひとりだけど、その日はめずらしくお母さんがむかえに来てくれた。
おつきさまどこかな、って聞いたら、今日はおつきさまとかくれんぼできるんだよって教えてもらった。
つぎの日の朝のニュースで、「皆既月食」って言ってたから、皆既月食の日は月とかくれんぼできるって知った。
昨日、「明日は皆既月食です」って言ってたニュースを見て、今日を楽しみにしていたのだ。
だから、今日はかくれんぼ、しないと気がすまない。はやく出てきてよ。
お母さんとお父さんの帰りを待ちながら、あたしはベランダで空をずっと見つめていた。
「お月さま見えないね。」
ペットのタローに話しかけた時、タローはワン、とないて、玄関に向かっていった。
お母さんが帰ってきた?それともお父さんかな?そんなふうに思っておいかけたけど、帰ってくるけはいはなかった。
それなのに、タローはドアに向かってぴょんぴょんはねる。どうしたんだろう?
そのときとつぜんひらめいた。もしかしたらおさんぽしたいのかもしれない。
そう思って、タローのリードを首輪に繋いだ。
(お母さんごめんなさい)
帰ったらおうちから出ちゃだめだよ、ってお母さんとしたやくそく、今日はやぶっちゃおう。
お月さまとかくれんぼのしょうぶだ。
タローのリードを手にぐるぐるまきつけて、はなれないようにする。
タローはずんずんあるく。お月さまをさがして、ずんずんあるいていく。
あたしもおいてかれないように、早歩きでタローをおいかけた。
タローは時々はなをくんくん動かして、あるいている。お月さまをさがしてるのかも。
しばらくあるいていたら、ずんずんすすんでいたタローが立ち止まり、ワンと一回ほえた。
「どうしたの?」
タローのみている方を見たら、公園の大きなすべり台があった。
すべり台を見ていると、タローがあるきだした。
タローのあとについていって、すべり台のてっぺんにのぼった。
とってもしずかだった。
それでもやっぱりお月さまは見えない。
すべり台のすべるところに足をかけてそのまま寝そべっていると、タローは空にむかってまた一回ほえた。
「お月さま、やっぱりいなかったね。」
帰ろうか、といったら、タローは首を横にふった。帰りたくない?って聞いたら、ワン、と一回ないたあと、フッフッと息を吐いた。
「お月さま、どうしたら見えるかな?」
そんなふうに聞いたって、タローにはわからないよね。
あたしはお月さまのことを考えた。
むかし、あたしのおたんじょう日に、お父さんとお母さんとゆうえんちに行った。
その日はとってもはれていたけど、よるになったのにお月さまが見えなかった。
お月さま見えないね、ってお母さんと話しながらメリーゴーランドにならんでたら、かかりのお姉さんにのれなくなった、って言われた。
ていでんしたんだって。
ほかののりものにものれなくて泣いてたあたしに、お父さんがふうせんを買ってくれた。
大きくて、まんまるの、お月さまみたいなふうせん。
「ほら、お月さまが見えないなら、お月さまを作ろう」
そう言って、あたしだけのお月さまを買ってくれた。
「お月さま、作ったら見えるかな?」
あの日のふうせんのお月さまを思い出したあたしは、タローに聞いてみた。
そうしたら、さっきまで空ばかり見てたタローが、こっちを向いて、ワン、とないた。
手をあわせて、ふうせんをつかむふりをする。
ふきくちを口によせて、ふうせんがあるみたいにいっしょうけんめいフーっとふくらませる。
どれくらいそうしてたかわからないけど、おおきなお月さまになれ、そうやって思いながらふくらませた。
タローは横でしっぽをふっていた。おうえんしてるみたいだった。
タローがきゅうに、ワン、とないた。
びっくりして手を離すと、大きなきいろいまるが、ゆっくりとあかりをつけながら、しゃぼん玉みたいに空にとんでいった。
あたしは、お月さまを作ったんだ。
タローをかかえてすべり台をおりる。
ふわふわと空にとうちゃくしたお月さまは、くもよりまんまるなかげで、少しずつかくれるじゅんびをしていた。
あたしとタローは、ゆっくり10かぞえながら家に帰った。