土を食む



幼い私は土を食んでいる 軒下から少し離れて 部屋の方に背を向け 隠れるようにしながら見つかるように土を食んでいる 黒い 沢山を含んだ土 庭には琵琶がなり無花果があった カナヘビが這い 女郎蜘蛛は巣を張り 蟷螂は仁王立ちして往来を待っていた 特に無花果の木に大勢の来訪あり その中でも大きなカミキリムシは私たちの注意を惹いた ギイギイと鳴く彼らの異色に目を見張り 玉色の甲殻に触れることをやめられなかった 幼い私は土を食んでいる 今よりも沢山のドラマがあった昔の家の軒先から 少し離れて柔らかな土を口に入れる 幼い私は全てを了解している まだ言葉を得る前 発話の体験を通る前 だからこその全てを了解しながら 幼い私は土を食んでいる 黒い 雨と海の匂う土を咀嚼している 苦いとも甘いとも言えず 何か言う前に口は咀嚼し嚥下している その幼い私を 母が軒先の向こう白い部屋の中から 斜めに私を見ている 遠く離れようとしながら私を見ている 喋る彼女は何も了解していない 土を食む私の異色を 意識のどこかで嫌悪している その嫌悪を含めて全てを了解しながら 幼い私は黒い土 を通して雨を海を飲み下している その必要を了解して嚥下している 彼女の嫌悪を共に飲み下している 幼い私は

やめなさい

彼女は呟く そのことも了解しながら幼い私は土を食む 不足を補うように黒い 雨を海を飲み下している 喋ることによれば消えてしまう海の音に耳を傾けながら 幼い私は駆られるように土を食む 単調な無力 常識的な禁止 静止画のような黒 振り返ること見通すことを失った鋭くも鈍い視線 を 私を生み出した者に感じ取りながら 幼い私は土を食んでいる 入れているのは足りなかったからだ そして足りないのは足りなかったからだ その不足は累積のようで あなたからいやあなたのずっと前から上から続いていたから 感じ取る私は感じのままに 無花果の下の黒い土を選んで食んでいるのだ と 言葉を得る前の私は 言葉にすればそのようなことを視線で伝え それも拒絶される 母体の無知を引き継いだ生体が有罪を消化している 償いとして またはあなたへの贖罪として 幼い私は土を食んでいる 母体はそれを斜めの上から遠くのように 拒みながら眺めている この記憶の風景は今 今の私に全てを教える 海を上り土から離れ 雨をも裏切った無知の種族の 目も眩むような世代の繰り返しの末に生まれた有罪の私は 言葉と呼ばれる聖書を掲げて空をも遮る前に 庭の軒先から少し離れて 無花果の下の黒い土を食んでいる






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