【判例紹介】最判平成29年12月15日

 今回は、当たり馬券の払戻金に係る所得が雑所得なのか一時所得なのかが争われた事案(最判平成29年12月15日)を取扱う。

事案の概要 

 本件は、長年にわたり馬券を購入して収入を得ていた原告が、平成17年から平成22年分までの所得について、雑所得に当たるとして確定申告を行ったところ、税務署から一時所得に当たるとして更正処分[1]等を受けた事案である。

争点

 本件の争点は、当たり馬券の払戻金に係る所得が雑所得か一時所得かである。この議論の実益は、外れ馬券の購入代金が必要経費になるか否かという点にある。
 そもそも、所得税法は、収入等の性質によって税金を負担する力[2]が異なるという考えから、発生原因や性質に応じて収入等を10種類の所得に分類し、各所得分類ごとに計算方法や課税の方法を規定している。
 本件の争点である雑所得及び一時所得はいずれもこの10種類の所得分類のうちの一つである。それぞれの所得の計算方法・課税方法は以下のとおりである。


雑所得=A(公的年金等に係る収入-公的年金等控除額)+B(総収入金額-必要経費
 
一時所得=総収入金額-その収入を得るために支出した金額(収入を得るために「直接要した金額」に限る)-50万円(特別控除額)
※なお、一時所得は、上記計算により得られた所得額の2分の1のみが課税対象となる。


 上記の2つの所得の計算方法を踏まえると、本件における問題が何だったのかが見えてくる。すなわち、当たり馬券の払戻金に係る収入が雑所得であれば、馬券の購入代金は外れ馬券も含めて払戻金を得るための必要経費ということになり、収入から引くことができる。これに対し、かかる収入が一時所得であれば、外れ馬券の購入代金は、当たり馬券による払戻金に係る収入を得るために支出した金額ではないということになり、収入から引くことができなくなるのである。外れ馬券分の購入代金を収入から控除し、税金を減らすことができるかどうか、本件ではその点が争点となったのである。

裁判所の判断

 結論からすると、本件においては、当たり馬券の払戻金に係る収入は雑所得であるとの判断がなされた。これは、当たり馬券の払戻金に係る収入は一時所得であるというそれまでの伝統的な考え方を一部変更したものということができ、本判決後、一時所得を例示する通達が一部改正された。
 以下、本判決の判断をもう少し細かく確認していく。

(1)規範[3]

 所得税法上、一時所得の要件として、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」(所得税法第34条第1項)以外の所得であることが定められている(本件はその他の事情から、原告の行為が「営利を目的とする継続的行為」に当たるのであれば払戻金に係る所得は雑所得、当たらないのであれば一時所得と判断すべき事案であった)。
裁判所はこの「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」か否かについて、「文理に照らし、行為の回数、程度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当」とした。

(2)当てはめ・結論

 まず、裁判所は以下のような事情から、原告の行為を「継続的行為」であったと判断している。

・原告が、予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小の組み合わせにより定めた購入パターンに従って馬券を購入していたこと
・原告が、偶然性の影響を減らすために、年間を通じてほぼすべてのレースで馬券を購入することを目標としていたこと
・原告が、年間を通じての収支で利益が出るよう工夫しながら、6年間にわたり、1節当たり数百万円から数千万円、1年あたり合計3億円から21億円程度となる馬券を購入し続けていたこと

 次に、裁判所は以下のような事情から、原告の一連の行為が「客観的にみて営利を目的とするもの」だったと判断している。

・原告が、上記のような行為により、6年間のどの年においても年間の収支で利益を得ていたこと
・上記利益の金額は少ない年で約1800万円、多い年では約2億円に及んでいたこと
・上記のような馬券購入の態様に加え、利益発生の規模、期間その他の状況等に鑑みると、原告は回収率が総体として100%を超えるように馬券を選別して購入し続けていたといえること
 
 このように、裁判所は原告の行為が「営利を目的とする継続的行為」であると判断し、払戻金に係る所得を雑所得と認定した。そのうえで、外れ馬券の購入代金を含めた馬券の購入代金が必要経費に当たると判断した。
 上記の判断のポイントとして、裁判所が原告の馬券購入行為を、レースごとあるいは馬券ごとの行為ではなく、より長いスパンでの一連の購入行為と捉えたことがあげられる。たしかに、6年間の中で複数回行われた個別の馬券購入行為をそれぞれ別のものと捉えれば、払戻金と直接的な対応関係を持つのは当たり馬券を購入したその馬券購入行為のみということになる。税務署の主張の背景にはこのような考え方があったものと思われる。しかし、上記の馬券の買い方などの事情を踏まえると、原告の行為は一連のものであり、払戻金はこのような一連の行為に対応するものと考えることもできる。裁判所はこのような考え方のもと、原告が得た払戻金に係る所得は一時所得ではなく、雑所得に当たると判断し、馬券購入代金全体を必要経費と認めたのである。
 また、営利目的の認定に関し、「客観的にみて」とあるように、原告の主観ではなく客観性を求めていることもポイントである。つまり、行為者が自分で利益を得るための行為だと考えているだけでは足りず、客観的に見て利益が上がると期待できる態様の行為であることが求められるのである。

まとめ

 本件の原告の馬券の買い方は見てのとおり明らかに趣味、娯楽の域を超えており、だからこそ本判決のような判断がなされたものといえる。つまり、本件はあくまでも個別の事情を踏まえた判断であり、外れ馬券の購入代金が一般的に必要経費に当たるという判断を示したものではないことには留意すべきである。本件原告の行為は明らかに趣味や娯楽で競馬を楽しむ人の馬券の買い方とは異なるものであり、だからこそ本件のような判断がなされたと考えるべきである。本判決等を踏まえてかっこ書きや注釈が付されたものの、通達上、馬券の払戻金は依然として一時所得の例として挙げられており、外れ馬券の購入代金は所得計算上収入から引けないのが原則と考えるのが妥当であろう。


[1] 更正処分とは、申告された税額等が法律のルールに従っていない場合など、税務署の調査に基づく税額等と異なるときに、申告された税額等を増減額したり、申告漏れがあった税額等を調査に基づいて決定したりすることである。
[2] これを担税力という。
[3] 話の整理のために、以前某予備校在学時に聞かされたIRAC(アイラック)と呼ばれる法的な思考パターンに沿って説明していく。IRACとは、Issue、Rules、Application、Conclusionの頭文字を取ったもので、問題提起、規範定立、当てはめ、結論といった流れに沿った考え方である。まず、争点となる問題を示し(問題提起)、法令の解釈等により判断基準を定める(規範定立)。そのうえで、事案の具体的事実を判断基準に当てはめて検討し(当てはめ)、結論を出すといった流れになる。

参考文献

  • 『租税判例百選(第7版)』(株式会社有斐閣,2021年)

  • 金子宏『租税法(第二十四版)』(株式会社弘文堂,2023年)

  • 佐藤英明『スタンダード所得税法(第3版)』(株式会社弘文堂,2022年) 

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