民法総則の判例まとめ5(勉強用)

備忘録として、民法判例百選Ⅰ第9版の内容をまとめています。
個人的なまとめノートなので、情報の正確性は担保できません。
何か間違っている点などございましたら、コメントにてご指摘ください。

判例5.後見人の追認拒絶

事案まとめ

父→Y:木造2階建店舗(旧建物)の所有権、その敷地の借地権を相続。
Y:精神の発達に遅滞あり(6歳程度の知能)。よって、主としてYの姉Aが旧建物を管理していた。
Y→X:旧建物の賃貸借契約の締結、その後の賃料改定、契約の更新など。交渉はYではなくAが行っていた。
・その後、敷地にビルを建築する計画が立てられ、旧建物の取り壊しが必要となる。
YX:Xが旧建物から立ち退き、ビル完成後にYが取得する区分所有建物を改めてXに賃貸する旨の合意書を作成。その後、新築後のビルにYが所有することとなる専有部分の建物(本件建物)についての賃貸借の予約(本件予約)がなされる。
*Xとの交渉は主としてAがあたった(合意書や本件予約にYの記名・押印をするなど)。なお、Yの姉Bも本件予約締結時に同席していた。
*本件予約の内容:Yの都合で賃貸借の本契約が締結できなくなったときは、Y→Xに4000万円の損害賠償金を支払う旨の合意あり。
A→X:ビル完成前に、本契約の締結を拒んだ。
A→C(第三者):借入金の担保として本件建物を譲渡した。

訴訟

X→Y:合意に基づき、損害賠償金4000万円と遅延損害金の支払いを求めた。

1審:X勝訴。→Y控訴
2審:控訴審係属中にYに禁治産宣告がなされ、Bが後見人になった。
  →控訴審は、Yによる訴状等の送達受領などが意思無能力により無効として、1審を取り消し、差戻。
差戻審:Y勝訴
原審:X勝訴。→Y上告

判旨まとめ

結論:破棄差戻し。

判旨
1.後見人について
 ・後見人:もっぱら禁治産者の利益のために善良な管理者の注意をもって代理権の行使をする義務を負う(民法869条、664条)。
               ↓そのため
 ・原則:後見人は、禁治産者を代理してある法律行為をするか否かを決するに際しては、その時点における禁治産者のおかれた諸般の状況を考慮したうえ、禁治産者の利益に合致するよう適切な裁量を行使してすることが要請される。
               ↓ただし
 ・相手方のある法律行為をする際には、後見人において取引の安全等相手方の利益にも相応の配慮を払うべき。
               ↓そこで
 ・例外:当該法律行為を代理してすることが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的な場合には、そのような代理権の行使は許されない。

2.後見人が禁治産者の無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かの判断基準
               ↓
(1)契約の締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯及び無権代理人が契約の締結前に相手方との間でした法律行為の内容と性質
(2)契約を追認することによって禁治産者が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方が被る経済的不利益
(3)契約の締結から後見人が就職するまでの間に契約の履行等をめぐってされた交渉経緯
(4)無権代理人と後見人との人的関係及び後見人がその就職前に契約の締結に関与した行為の程度
(5)本人の意思能力について相手方が認識しまたは認識しえた事実
など諸般の事情を考慮し、例外的な場合にあたるか否かを判断して決する。

3.あてはめ
 ・特に、本件予約における4000万円の損害賠償額の予定が、Cに対する譲渡の対価(実質的対価は2000万円)等と比較して、Xにおいて旧建物の賃借権を放棄する不利益と合理的な均衡がとれたものであるか否かなどについて検討が不十分。
 ・原審の判断は違法

解説まとめ

・問題の所在
 原則:無権代理行為がなされた場合、本人はその行為の追認を拒絶できる(民法113条)。のちに後見人が選任された場合は、包括的代理権(民法859条)を有する後見人が、本人の代わりに追認を拒絶することができる。
 問題の所在:後見人による追認拒絶が認められない場合はあるのか。

・本判決の意義
 本判決は、この問題について、例外的に信義則上追認拒絶できない場合があることを認め(判旨1)、その際に考慮すべき判断要素を明らかにした(判旨2)

・後見人の追認拒絶が問題となった事案(ケース別)
 例)無権代理人自身が後見人に就職した場合
 *これは、無権代理行為をした者が追認しうる立場になったという点で、「無権代理人による本人の単独相続の場合」と共通する。無権代理人が本人を単独で相続した場合は、無権代理行為は当然有効となる。
             ↓そこで
  無権代理人自身が後見人に就職した場合も、上記と同様に扱うべき?
             ↓しかし
  本人を単独相続した場合:無権代理人=本人であるから、無権代理人自身にその行為の効果が帰属する。
  後見人に就職した場合:無権代理人=本人ではないから、無権代理行為に関与していない本人に効果が帰属する
  そのため、両者の利益状況は異なる。
 *判例の流れ
  ・未成年後見に関する判例(昭和47年判決)
   追認されるべき行為をした者と追認すべき者とが同一人になったものにほかならないこと、後見人が事実上後見人の立場でその財産の管理にあたっており、これに対しては誰からも意義が出なかったこと、未成年者と後見人の行為との間に利益相反の事実は認められないことなどの事情を指摘したうえで、信義則上後見人は追認拒絶できないとした。
  ・成年後見に関する判例
   上記の昭和47年判決の枠組みに従って信義則判断をした。

・本判決の事案=無権代理人自身が後見人に就職しなかった場合
 *上記の判例とは事案が異なる。

・昭和47年判決と本判決との関係
 →昭和37年判決には、以下のような特殊な事情が存在した。
 ・無権代理行為の相手方と本人が成年後に取引した相手方との対抗問題の前提として無権代理行為の効力が問題とされたにすぎず、本人に不利益が及ぶ関係にはなかった。
 ・本人が成年に達し能力者となった後に無権代理行為を承認しているかのような態度をとっていた。
 ・実際に後見人が追認拒絶をしたわけではなかった。
            ↓そのため
  昭和47年判決は、このような事案に対する事例判決にすぎず、後見人の追認拒絶の可否について一般的な意味を持たないと解することもできる。
 →他方、本判決は、無権代理人が後見人になった場合も含みうる判示をしていること、昭和47年判決に言及していないことを考慮すると、本判決は、後見人の追認拒絶の可否について一般的な判断枠組みを提示した初めての判決ということができる。

・判旨1の内容について
 →判旨1は、後見人は、本人の利益を考慮しなければならないとする一方で、相手方の利益にも配慮すべきとする。
              ↓とすると
  本判決の信義則判断の基本的な枠組みは、①本人の利益保護の必要性と②相手方の利益保護の必要性との衡量であると考えられる。
  したがって、判旨2の判断要素は①②の観点から検討される。
 *なお、判旨2(4)は、無権代理行為に関与していた者が後見人に選任されていた場合には、無権代理行為が本人の保護にとって合理的であったことをうかがわせることから、①の観点から理解される。
 →しかし、なぜ後見人か相手方の利益にも配慮する必要があるのか。
  すなわち、無権代理一般において本人が追認拒絶をする際には、通常このような配慮は強調されない。ここでいう相手方への配慮が無権代理一般において本人に要請される以上のものであるなら、根拠が必要。
              ↓
 根拠1:後見人が無権代理行為に関与しつつのちに追認を拒絶することは、自己の先行行為に矛盾する行為の禁止という観点から問題がある。
 批判:矛盾行為性が追認拒絶の可否に影響を与えると解することは、後見人の先行行為の存在という被後見人の帰責性のない事情によって、このような事情がない場合には追認拒絶により保護されうる本人の利益が犠牲にされることになる。そのため、妥当ではない。
 帰結:後見人の無権代理行為への関与自体から相手方配慮の必要性を根拠づけることはできないと解すべき。
 根拠2:成年後見制度を利用していない場合であっても、事実上後見人として行動していた者が、正規の後見人であれば許されたであろう行為をしたときには、「意思無能力者の保護という後見人選任の本来の目的が、非正規にではあるが、実現されているとみることができる」。そのため、相手方が保護される場合があってもよい。
  →この理解によると、本人保護の必要性は、無権代理行為を基準に判断されることになる。
 批判:判旨を読むと、追認拒絶時の本人の利益が問題とされており、上述の理解は本件判旨と整合的とは言えない。また、この理解を強調するときは、成年後見制度を利用せずとも行為が合理的である限りで実際上本人の権利関係に介入することを認めることになり、成年後見制度利用のインセンティブを削ぐことにならないかという問題も生じる。
 帰結:判旨Ⅰが言う「相手方への配慮」は、無権代理一般において本人が追認拒絶する場合に要請されるものに異ならず、そのため、無権代理一般において本人に必要とsれる配慮がされている限り、信義則違反とはならない。
  →したがって、本人の利益保護の必要性と相手方の利益保護の必要性とを衡量する際には、無権代理一般において本人が追認拒絶したとしても審議に反すると言えるほど相手方の利益保護の必要性があるかという観点からなされるべき。
  →この考え方からすると、判旨Ⅲが損害賠償の予定額の不合理性を問題にしたのは当然と言える。しかし、仮に予定額が合理的であったとしても当然には追認拒絶が否定されるべきではないだろう。無権代理一般において、行為時に合理的な行為であり、相手方がその行為の有効性を信頼していたとしても、帰責性のない本人が当該行為の追認を拒絶できなくなるとは考えられていないから。
 →つまり、追認拒絶を信義則違反とするためには、追認するか否かで本人の利益状況が変わらないにもかかわらず(追認を拒絶しても本人が不当利得によって相応の負担をしなくてはならない場合など)、相手方の利益状況が大きく変わるといった事情や、一連の関連のある行為の一部のみを追認拒絶することによって、相手方と本人との利益の均衡を著しく害するといった事情が必要ではないか?

以上

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