民法総則の判例まとめ2(勉強用)

備忘録として、民法判例百選Ⅰ第9版の内容をまとめていきます。
個人的なまとめノートなので、情報の正確性は担保できません。
何か間違っている点などございましたら、コメントにてご指摘ください。

判例2.権利の濫用(2):信玄公旗掛松事件

事案まとめ

X:所有地上に松樹を所有。
Y:上記松樹の近辺に鉄道を敷設。
X→Y:煤煙による松樹の枯死を防止するため、線路の位置変更を求めたが、Yはこれに応じず。

訴訟

訴訟物:X→Y 不法行為に基づく損害賠償請求権
1審原審:煤煙と松樹枯死との因果関係、Yの過失の存在を認定。Yが煤煙の予防をせず、煤煙により他人の権利を侵害した行為が権利の濫用として違法行為にあたるとして、Yの損害賠償責任を認めた。

判旨まとめ

結論:上告棄却

内容
1.原判決で、Yが煤煙予防のための相当な設備を施さなかったことはその注意を怠ったものとして過失ありと認定したことは、不法ではない。
2.権利の行使といっても法律において認められた適当の範囲内においてこれをなすことを要する。そのため、権利を行使する場合に、故意または過失によりその適当な範囲を超えて失当な方法を行ったために他人の権利を侵害した時は、侵害の程度において不法行為が成立するという判例がある。
3.では、その適当な範囲とは何か
  社会的共同生活をなすものの間では1人の行為が他人に不利益を及ぼすことは免れられないのであり、この場合に常に権利侵害があると認めるべきでない。その他人は、共同生活の必要上これを認容しなければならない。しかし、その行為が社会観念上被害者において認容できないと一般に認められる程度を超えたときは、権利行使の適当な範囲内にあるとはいえず、この場合は不法行為が成立すると解する。
4.汽車の運転は・・・石炭を燃焼する必要上煤煙を飛散させるものであり、注意して汽車を操縦してもこれを避けることはできない。とすると、煤煙の飛散は鉄道業者の権利行使に当然伴うものであり、沿道の住民は共同生活の必要上煤煙の飛散を認容せざるを得ない。
  すなわち、これらは権利行使の適当な範囲に属するものであり、住民に害を及ぼすことがあるといっても、不法に権利を侵害したとはいえず、不法行為は成立しない
5.しかしながら、もし汽車の運転に際して権利行使の適当な範囲を逸脱して失当な方法を行い害を及ぼしたときは、不法な権利侵害となり、損害賠償責任を負う。
  原審の認定した事実を考慮すると、本件松樹は鉄道沿線に散在する樹木よりも甚だしく煤煙の害を被るべき位置にあり、かつ、その害を予防すべき方法はない。そのため、Yが煤煙予防の方法を施さずに煙害が発生して松樹が枯死したことは、Yの営業する汽車運転の結果であるといえ、社会観念上一般に認容すべきものと認められる範囲を超えたものといえる。したがって、権利行使に関する適当な方法を行ったとはいえず、Yは過失により権利を侵害したとして、不法行為が成立する

私見
1.原判決の事実認定をもとに過失の存在を認めたもの。
2.権利行使は法律により認められた適当な範囲内でのみ認められる。
  不法行為の成立要件は、①故意または過失により②その適当な範囲を超えて失当な方法を行ったために③他人の権利を侵害したこと
3.論点:不法行為の成立要件②の「適当な範囲」とは何か
  規範:①社会的共同生活において他人の権利を侵害することは避けられず、ある程度はこれを認容する必要あり
              ↓もっとも
     ②当該行為が社会観念上被害者において認容することができないと一般的に考えられる範囲を超えたときは、権利行使の適当な範囲内にあるとはいえず、この場合は不法行為が成立すると解する
              ↓この点
4.あてはめ
 ・汽車の運転=石炭を燃焼する必要上煤煙を飛散させるもの。注意して汽車を操縦してもこれを避けることはできない。
  →煤煙の飛散は鉄道業者の権利行使に当然伴うものであり、沿道の住民は共同生活の必要上煤煙の飛散を認容せざるを得ない。
  →この場合は権利侵害を認容すべきであるから、規範①が適用される。
              ↓したがって
   これらは権利行使の適当な範囲に属するものであり、住民に害を及ぼすことがあるといっても、不法に権利を侵害したとはいえず、不法行為は成立しない。
 ・もし汽車の運転に際して権利行使の適当な範囲を逸脱して失当な方法を行い害を及ぼしたときは、不法な権利侵害となり、損害賠償責任を負う。
              ↓本件において
5.本件松樹は鉄道沿線に散在する樹木よりも甚だしく煤煙の害を被るべき位置にあり、かつ、その害を予防すべき方法はない。
 →そのため、Yが煤煙予防の方法を施さずに煙害が発生して松樹が枯死したことは、Yの営業する汽車運転の結果であるといえ、社会観念上一般に認容すべきものと認められる範囲を超えたものといえる。
 →したがって、権利行使に関する適当な方法を行ったとはいえず、Yは過失により権利を侵害したとして、不法行為が成立する。

解説まとめ

・本判決について
 →権利濫用論を用いた判例のリーディングケース
 →本件は、土地所有権の濫用が想定されていると考えられている。

・権利濫用に関する判例の流れ
 →本判決以前の判例では、権利の絶対性を重視し、権利行使の結果として他人に損害を加えたとしても、原則として不法行為とならないとする傾向があった。
 →本判決では、権利行使であっても法律において認められた適当の範囲を超えた場合は不法行為となりうるとしている。つまり、権利の絶対性を一応出発点としつつ、一定の権利行使を権利濫用としてその適法性を否定するという論理である。
 →現在では、権利の絶対性という理解は採用されておらず、権利の行使であろうとなかろうと、不法行為の成立要件を満たす限りで損害賠償責任を生じさせることに疑いはない。

・本判決の権利濫用論の意義
 →本判決の意義として2つの理解がある。
(1)本判決のように土地所有権相互の相隣関係が問題となる場合において、相互の限界が条文上明示されているのでない限り、裁判所が法解釈によってその限界を画定する必要がある。そして、権利濫用論によってそのような権利の範囲を画定しているとする考え方。
  →権利濫用論を権利侵害要件の問題として捉えている。
(2)本件の「適当の範囲」に関する規範の部分では適切な予防措置を施さなかったという加害行為に対する評価が全面に出ているという点に着目する考え方。これによると、本件のような事案において不法行為が成立するのは、権利が侵害されたからではなく、法律上是認されない違法な行為がなされたからであるとする。ここでは、公序良俗=法を支配する「根本理念」として位置づけ、権利濫用=「根本理念」としての公序良俗が権利行使の場面において立ち現れたものとして捉える。
  →権利濫用論を加害行為の違法性の問題として取り上げている。

・権利濫用論のその後
 →(2)説から出てきたのが、不法行為要件論に関する一般理論としての違法性理論、そして、相関関係理論
 →相関関係理論では、権利濫用は行為の違法性を基礎づける要素として挙げられ、それが認められる場合は被侵害利益が微弱なものであっても違法性が認められる。
  *本判決では、権利濫用が権利行使の適法性阻却という消極的文脈で採用されていた。これに対し、相関関係理論では、権利濫用が不法行為法による保護の範囲を拡張するという積極的機能=法規範創造機能を担っている。
  *なお、(1)説のように権利侵害要件を重視する立場でも、そこにおける「権利」には、行為者側の権利やその他の価値との相関的衡量を経て初めて要保護性を獲得し、その意味で要保護性の強くないものも含まれうる。そこで、こうした相関的衡量の役割を権利濫用論に仮託することは考えられる。

・本件についての不法行為要件論
 →本判決では、過失と権利濫用とが別々に検討されている。
  =①「権利濫用」の議論の中で松樹所有権の範囲がどこまで及んでいたか、その侵害があったかどうかを判断し(結果不法)、それとは別に、②そうした結果を回避すべきだったかどうかを判断する(行為不法)という枠組み。
  *この考え方は(1)説に対応している。
 →しかし、本判決では、規範適用の場面では、適切な結果回避措置をしたかどうかという行為態様に関する評価が前面に出ている。その結果、その出の評価は、同じく行為態様を問題とする過失の判断とほぼ重なるといえる。
  =つまり、本判決は両要件を実質的には区別せず一元的に判断している。これは、受忍限度論や過失一元論との連続性を見出すことができる。
  *この考え方は(2)説に対応している。

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