書評・重版出来!
古代中国に『指南車』という車があった。
櫓のついた人力車の上に仙人を模した人形が立っており、常に一方(主に南)を指している。車輪と櫓に歯車が仕込まれており、どう車を取り回しても、人形は同じ方向を指し続け、それを基に行軍の方向を知ることができた。人を教え導く「指南」はここに由来する言葉である。
面白い言葉だと思った。ただ南を指すだけで、そこへ行けとは言わないのだ。向きは教えるが、どこへ行くかはお前次第。と言われている気がした。
編集者とは指南役だろうか。目的が定まらなければ迷うだけだが、主役の作家にあーせいこーせいといえば角も立つ。さりとて誰もが道行きの玄人ではあるまい。時に手綱を持つのも務めかもしれない。
2012年から月刊!スピリッツ誌に連載され、黒木華主演でドラマ化も果たした、お仕事漫画の快作である。
女子柔道界の期待の星と謳われた黒沢心は、怪我を負ってその道を断念。新たに選んだ道は、世界と自分を繋いでくれた漫画を作る仕事だった。
面接で社長を投げ飛ばすという椿事に見舞われながらも、念願の週刊バイブス編集部に配属される心。そこで見たのは、一本の線に全霊を込める漫画家、一角のスペースにセンスを傾ける書店員、一筆の強弱を磨く字体デザイナー、1センチのレイアウトを試行錯誤するカバーデザイナー……。
数多のプロフェッショナルたちの仕事を集め、一冊の本へと編み上げる、編集の深さと恐ろしさを目の当たりにする。
出版に携わるすべての人が幸せになる言葉『重版出来!』を目指して……。
何より主人公、心の設定が見事である。男所帯になりがちな漫画編集部にあって、中心には花を添えたい。だが激務になることは火を見るより明らか、か弱い女子が事あるごとにいちいちしおしおとしていては、話が一向に進まない。
なれば、いるだけで周囲を明るくするかわいげがあり、体力はメダリストクラス。漫画を読む力も申し分ない、スーパー編集者(の卵)こと、黒沢心の誕生である。
そんな心が立ち回る出版の世界は、我々も知ってるつもりでいることが実に多い。漫画を作る漫画といえば、当然のように漫画家が主役で、漫画を描くことが主体であったが、本作は文字通り漫画雑誌やコミックスを作ることが主体。カバーデザインやDTPまでしかと光を当てた漫画があっただろうか。
無論作家の描写も……否、作品を届ける出版の描写が冴えるほど、作品を生む作家の表現も熱を増す。
そこには自分が作りたい世界の表現という他に、社会的責任がついて回る。自由なようで野放しにはされず、法則性があるようで見えないルールを外してしまう。夢は現実と、希望は葛藤と摩擦し、時に自身を燃え上がらせる。
そんなとき、編集者はどうするか。手綱を取るか、ただ一方を指して知らせるのみか、あるいは……。
強く可愛く面白く、こぐまの編集さんがとっとこ歩む現代のまんが道。はたらくヒントがもらえる指南書である。
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