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2020年末まで

今年の1月下旬に2020年で活動休止をすることを発表した嵐。
わたしにとって嵐とは心の支えだ。


出会ったのは2005年。
当時大ブームを起こした花より男子の主題歌を歌っていたのが嵐だった。
花より男子の主題歌であるWISHやLove so Sweetに惹かれてアーティスト「嵐」に興味を持った。
それまでのわたしは浜崎あゆみやミニモニ、大塚愛からなる女性アーティストばかり好きで、SMAP以来の男性アーティストへの好きという感情だったと思う。
最初は別にそこまで嵐が好きではなかった。なんなら花男の推しは小栗旬が演じた花沢類だった。
いつから本格的に好きになったのだろうかと考える。嵐への好きな気持ちを折れ線グラフにしたとして2008年と2009年がガクンと上がっていっていると思う。2008年に嵐ファンの先輩に出会い、ファンという概念を知った。2009年。嵐自身も10周年からバブルが来たという旨のことを言っているが、その10周年バブルからわたしのファンとしての生活が始まった。


10周年から追いかけて10年。色んなことがあった。嵐さんが色々なことに挑戦する姿を見守ることができた。秋元氏のプロデュースするグループたちをライバルと感じる日もあれば、新聞や巨大広告に載った嵐を追いかける日々もあった。
その一方で、中高生時代を嵐に捧げたため、インターネットで嵐ファンと交流することがあった。もちろんいい人もいた。しかし中にはイキってる嵐ファンや常識のないファン、わたしがファン嫌いになるきっかけを作った多ステ(一つのコンサートに複数回入る人)するファン、それを批判するファン。いろんなファンがいた。私はインターネットに生息する嵐ファンに苦手意識を持ち始めていたので、嵐のことをブログに書くことはないと思っていたのだが、20周年なので記念に書かせてもらう。

さて、2020年末に話を戻そう。ほんとに2020年末に時が止まってしまうことが本当に辛くて、ここまでわたしを支えてくれていた嵐さんに会えなくなるのが本当に辛い。
生きるってこと、何をしたいか、働く意味、本当にいろんなことを見直した。本当にこれがわたしのやりたいことやり続けたいことなのか。週に数回ある嵐さんからの供給がなくて果たしてわたしはこれをやり続けられるのだろうかとか本当に考えた。コンサートのため、ワクワクのためわたしが頑張る目標だった。数年に一回会える彼らに会うために生きてたかもしれない。

でも、彼らはきっと「ファン」でいることを目的にして生きて欲しくないと考えていると思う。ファンの人生まで背負って生きるのはしんどいだろうし、そんな責任取れないし、人生狂ったって彼らがどうにかすることはできないし、ほんとに芸能人って大変だと思う。

それでも、わたしたちはこの偶像(彼ら)を崇め奉って、声を何億回も聞いて録画も何千回も見て円盤も擦り切れるまで見て応援し続けるやばい生き物だということは変わらない。ほんとに偶像崇拝しすぎて彼らが生きている人間だって忘れかけたことも数回ある。それぐらい好き。本当に好き。
数年に一回オペラグラスを除いて生の彼らを見れることが生き甲斐だった。ほんとに生きてるんだって。嘘じゃないんだ本当なんだって。思うことが幸せだった。

何で過去形で話してるんだろう。まだ現在進行形だよ。
ほんとに展示会でわたしがどれだけ彼らと一緒に歳を重ねたのか、一緒に歩んできたのかっていうことがわかったし。
味覚以外の4/5感で彼らを感じた。すごくない!?意味わかんない。視覚、聴覚、触覚、嗅覚。わたしに顔が付いててありがとう。感じられる機能が付いててありがとう。視覚と聴覚はともかく、触覚と嗅覚で彼らを感じることは今後ないのでは…?


まとまらないけど、とりあえず、人生見直して生き方考えます。戻ってくることを願いながら。

#いまから推しのアーティスト語らせて

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