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『有望なアメリカ人部下にQuiet Promotionをしてしまう駐在員』:日本企業が陥る米国進出落とし穴 その5

自己紹介

ご覧頂きありがとうございます。新卒で食品会社に就職し、アメリカの子会社に赴任。そのままアメリカで転職し駐在12年目に突入!

自分自身への備忘録も兼ねてアメリカでの体験や自身の考えをnoteに残していきたいと思います。同じ境遇やこれから海外に挑戦したいという方にとって少しでも参考になれば幸いです。

Quiet Promotionとは

「Quiet Promotion」とは、正式な昇進や昇給なしに、従業員により高度な責任や業務を課すことを指します。企業側からすると、優秀な社員により高い業務を任せることで成長を促しつつ、給与コストを抑えることができます。

しかし、従業員側からすれば、責任が増えるにもかかわらず報酬が変わらないため、不満が募りやすい側面を持っています。
このギャップが大きくなると、退職やモチベーション低下の原因になり得ます

私の失敗談:良かれと思ってより大きな職責を課した結果、部下を退職させてしまった

実はこれは私自身の実体験です。
当時、私はアメリカで駐在員として働いており、エントリーレベルの人材でしたが有望なアメリカ人部下がいました。彼女のポテンシャルを評価していた私は、成長のために、役割より少し上の難易度の高いタスクを任せてみることにしました。もちろんJob Descriptionの範囲内でのタスクであり、成果を出せば正式に昇格させるつもりでいました。

日本ではまずは少し上の役割を任せてみて、できるようなら正式に昇格・昇給させるというのが一般的ではないでしょうか。これは職能給制度(メンバーシップ型)に基づいた人材育成のアプローチであり、社員の長期的な成長や関係性を前提としたものです。

しかし、アメリカの職務給制度(ジョブ型)では、原則的には現在の職責に基づいた責任と報酬がセットになっているため、責任を増やすならその時点で昇給もセットにする必要があります。この認識の違いが、後に問題を引き起こす事となります。

期待した部下が退職した理由

最初は彼女もやる気を持って仕事に取り組んでいましたが、次第に不満が募っていったように感じます。彼女の頭の中にあったのは「なぜ自分はこれだけの責任を負っているのに、給与は変わらないのか?」「この仕事の価値はもっと高いはずでは?」という事です。

そして、ある日彼女は私にプレゼンテーションをしてきました。
「これだけの責任を果たしているなら、私はこの給与をもらう権利がある」と、データを用いて説明してきました。

私の考えとしては、「まだそのレベルには達していない」「今は試験的に任せている段階だ」というものだったため、彼女の主張に違和感を覚えました。
また、日系企業なので彼女が示したインターネットからとってきたアメリカ企業の給与水準より低いの当たり前だという思いもありました。

しかし、彼女は最終的にはその給与額を提示してくれる他社を見つけ、転職してしまいました。

今振り返ってみると、私のとった行動はまさしく「Quiet Promotion」でした。昇格前の試験的なステップとして責任範囲を広げたつもりでしたが、アメリカでは「責任が増えた時点で報酬が変わらないこと」は不当と見なされてもおかしくはありません。

Quiet Promotionを避けるために必要なこと

この経験から学んだのは、アメリカでは「責任と報酬はセットで考えなければならない」ということです。具体的には:

1. 昇格・昇給のプロセスを明確にする:

「成果を出せば昇格する」という曖昧な約束ではなく、昇格・昇給の具体的な基準を事前に示す。

2. 責任の増加=給与の増加を前提にする:

アメリカでは、より大きな責任を負うならば、即座に報酬に反映されるべきという考え方が根付いている。先に責任を与えて、後から給与を調整するのではなく、セットで対応する必要がある。

3. 期待した成果が出なかった場合の対応も準備する:

もし新たな責任を任せた従業員が期待通りのパフォーマンスを発揮しなかった場合、日本なら「そのまま元の業務に戻す」こともできるが、アメリカではそうはいかない。適切なプロセスを踏みながらPerformance Improvement Plan (PIP)を適用し、改善を試みる必要がある。最終的に改善が見られなければ、解雇や降格といった対応も視野に入れる。

Quiet Promotionはなぜ日本では当たり前なのか?

Quiet Promotionが日本では当たり前に行われているのは、日本の雇用環境が「人材の流動性が低い」ことに起因しているためだと考えます。

一度昇格・昇給させたら降格や減給、ましてや解雇が難しい日本では、「まずは今の職責で試してみる」文化が根付いていると感じます。その方が確かに双方にとって恩恵があるのではないでしょうか。

しかし、アメリカのように人材の流動性が高く、より良い条件を求めて転職するのが一般的な環境では、Quiet Promotionは単なる「無報酬の業務負担増」にしかならず、不満の原因となり得ます。
そして私の部下のように転職することで、それを自分で解決するという手段をとることも可能です。

まとめ:アメリカではQuiet Promotionは通用しない

ここまで掘り下げてきたように、日本企業の駐在員がやってしまいがちな過ちの一つが、この「Quiet Promotion」です。それを防ぐには以下の注意が必要です:
・日本の職能給制度では、役割を少しずつ広げて育てるアプローチが一般的だが、アメリカの職務給制度では、責任の増加=給与の増加がセットで求められる。
・その違いを理解せずに「少し上の仕事を任せてみる」というQuiet Promotionを行うと、従業員の不満を招き、最悪の場合、優秀な人材の流出につながる。
・適性を見極めるために難易度の高いタスクを任せるなら、それ相応の対価を提示するか、事前に昇格・昇給のプロセスを明確にしておくことが不可欠。

日本でも悪意を持ってこのQuiet Promotionを活用していると、それは「やりがい搾取」と捉えられると思います。職務給前提のアメリカ人にとってはQuiet Promotionはほぼ全て「やりがい搾取」と受け取られると認識する必要があります。
最悪のケースでは退職では止まらず労働争議に発展するリスクもあります。

その事を認識して、駐在員として現地の優秀な人材をマネジメントする際には、アメリカの雇用文化に適応した形で人材育成を考える必要があるのではないでしょうか。

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