退職後、ギター・ピアノ始めました 「学生時代、看板屋バイトの日常」
云十年前、下駄履く奴がバイトする。
つづき
ギターを買うためにバイトしたのは「看板屋」だった。できるのか。
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夏休みのバイトだから暑い暑い。
いくらギターを買うためと言っても、暑さに弱い奴が、トタン屋根に波型スレートの壁だけの中で働くのだ。
鉄階段を上がると埃っぽいコンクリートの空間がある。ここが看板を作る仕事場。少しばかり海に近いけども、やけに湿っぽい所だ。たしか時給は400円ぐらいだった。
部屋には切り取られたスチールやアルミの板に線が引かれ、並べてあるのが見える。線に合わせて折り曲げると立体になり、照明を当てると表看板になるわけだろう。
昔ながらの看板だ。
仕事場にはエアコンなど付いてない。デカい扇風機がブオーンと回っているが、、、暑い。暑ーい部屋。
入ると、一つ上段にいるのが「わし28才よ」と言う愛想の良さそうなヤンキー上がりの兄ちゃん。顔はいいがヤンチャに喋る。そして、その一段下には白の肌着シャツ姿の老けたおやっさんが胡座をかく。「へへへ」。
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「なぁ、さいとう君よ、よう見とけよ。。簡単やからな。。スチールの線に板当てて角棒で叩くんや。最初はゆっくりでええからな。こうやって…」と角棒で叩き始めた。
カンカンカン…、とヤンキー兄ちゃんがリズムよく叩くとスチールがククッと曲がっていく。素人目にも上手だとわかる。きれいに曲がっていくのだ。
「おーっ、すごいですね」と驚くと、、 「でな、よう見とけよ。慣れてくりゃこうやっての、、、」パンパンパンパン…、パパパパ…。倍速に響く音でスチールをぶち叩き、どうだ、と見せつけるように一瞬で曲げられた。
立体文字の出来上がり。ヤンキー兄ちゃんは得意顔だ。
出来る男を見せたいパフォーマンスなのか。
この仕事、要は引かれた線に沿ってスチールを曲げ滑らかな立体看板にする。丸みの文字は難しいが、最後の仕上げはいつもヤンキー兄ちゃんがやることになっている。
「慣れてくりゃすぐ出来るで。わしの給料なんかもう、おやっさんよりも高いんやで」とヤンキー兄ちゃんは笑う。
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たまにヤクルトさんも来る。
「おぅ、さいとう君も飲むか? おごったるわ」とヤンキー兄ちゃん。たまに「今日はわしがおごっちゃるよ」と無口なおやっさんもおごってくれる。5円? いや10円だったか。
見た目が何から何まで違う、優しいヤンキー兄ちゃんと白の肌着シャツ姿の老けたおやっさん。このお喋り・無口のコンビと共に働くことになったのである。
仕事は暑いから大変だったが器用な奴には楽しかった。
ある日、「なぁ、さいとう君。昼飯うちに食べに来いや。可愛い嫁さんに会わしたるわ。ほんま可愛いで。」とヤンキー兄ちゃんが言う。嫁さんには「さいとう君を連れて来る」って言ってるらしい。断れない。
ヤンキー兄ちゃんの家は仕事場からすぐ近くだけども、「わしのバイクな、100mで80(km/h)出るんや!、、 乗ってく?」と、断れないうちにヘルメットをかぶせられ二人乗りすることとなる。バイクなんて今まで一回しか乗ったことがないと言うと、嬉しそうな顔になる。
わかりやすい人だ。
「ええか、振り落とされんようにここちゃんと掴んどきや」と言うと、ヤンキー兄ちゃんは一気にバリバリー…、あっ、 キィィーッ!!
味わう間もなく家に着いた。一瞬のG快感。
ヤンキーじゃない。「走り屋」だった!
ヘルメット脱ぎながら「ほらな、80出たやろ」と自慢顔で言われ、「すごいっすねぇ!」と驚いてみせると「ヤンキー」改め「走り屋」兄ちゃんはまた喜んだ。
わかりやすい。
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「おい、連れてきたでー」と紹介され家に入ると、奥さんが嬉しそうに出迎えてくれる。ゾクッとするぐらいの美人さんである。走り屋兄ちゃんは嬉しそうに「ええ女やろ」と照れたが、こちらの表情を読み取ったようで、より嬉しそうにしていた。
男はやはり女好きなのだ。
「こんにちは」と挨拶すると「ごめんね、この人ねぇ…」と旦那の勝手な振る舞いをわびながら挨拶してくれた。
なんかここの人たち、わかりやすかったのだ。みんないい人である。短いバイトだったけども、こんな小さな感覚や感情を云十年経った今でも覚えている。暑くて大変な夏、いい思い出である。
「バイト代どうするん?」
「ギター買おうと思って」
「わしやったら走りに行くわ」
いたずらっぽく笑った、いいタイプの走り屋兄ちゃんだった。
「めぐり逢い」
人が好きだった。今でも。
顔や態度、髪型や服、喋り方や歩き方でその人となりを想像する。当たれば嬉しく外れれば発見なのだ。
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今度は別のバイトをする。今思えばもうここで止めとけばよかったのだ。
ギターばかり弾いてたので体力がなかったかもしれない。
つづく⏬️