夫婦ゲンカと国づくりはつながっていた!?夫婦の悩み相談カウンセラーのお話から考えたこと
自分の課題感からお話を聞いていたはずが、思わぬ大きなところにつながってしまった。
わたし探求メディア「Molecule(マレキュール)」にて、取材記事を書かせていただいている。
働く子育て世代の生き方・働き方のヒントとなるような、「わたし」主語のワクワクを大切にした記事をお届けするのがコンセプトである。
今回は、家族心理学の専門家である沢野まもるさんにお話をうかがった。
沢野さんは、「夫婦ゲンカはいけないことではありません」と言い、お互いがWin-Winになれるケンカの仕方を教えてくださった。
お話を聞いて、私は夫婦ゲンカに対する間違った思い込みに気付かされることとなる。
ケンカに対する思い込みが解き放たれた
いきなり自分の話(しかもノロケ気味)になるが、我が家は結婚20年、仲の良い夫婦だと思う。
だがしかし。
モヤモヤすることはある。もちろんある。夫もあるだろう。
なのに、ケンカはしちゃいけないことだと思っていた。
そもそも、「争いは悪」という刷り込みがあり、また「どうせケンカをするなら勝たなければならない」という凝り固まった考えもあったからだ。
それらの思い込みを解消してくれたのが、沢野さんのこの言葉だ。
勝ち負けではない。お互いに何をどう主張するか、でもない。
自分たちが夫婦になり家庭を築いた目的に立ち返ることが必要だというのだ。
目からウロコだった。
ケンカをする時はたいてい相手への怒りや関係のままならなさへの憤りに支配されており、「目的」なんて考えたこともなかったのだから。
「それって何にでも言えることだよね」
沢野さんのお話に感動した私は、早速このことを夫に共有した。
夫の反応は、
「まあ、それって何にでも言えることだよね」。
仕事でもそうだし、何だって目的は大事だよ、と言うのである。
たしかに、これはあらゆることに応用のきく考え方ではある。
夫の言葉から、私は最近読んだ物語の内容を連想した。
明治維新のヒーローたちですら、目的を忘れかけていた
その物語の舞台は維新期の明治。
ストーリーの中で、「いつしか役人たちは国のことよりも自分の利益を追求することばかりに夢中になっていた」という意味合いの一節がある。
激動の幕末を生き抜き、新しい国づくりに携わった人々である。
批判にさらされたり、時には暗殺や失脚の危険もある中で政治を志したのだから、そこには個人差はあれ「ふるさとのために働きたい」「良い国をつくろう」という目的が存在していた、はずだ。
物語では、そんな人達ですらいつしかおおもとの目的から外れていくさまが描かれていた。
ある人は蓄財に目がくらみ、ある人は抵抗勢力からの脅しに負けてしまう。
そしてまたある人は、功名心にとらわれ、国よりも自分の名を残すことを優先してしまう。
「なんだかなあ」という感じではあるが、国づくりという一大事業ですら、目的を忘れてしまうのが、人間という生き物なのかもしれない。
「目的意識」がすべてにおいて成功への近道
夫婦ゲンカと国づくり。
一見何の関係もない2つのことが、「目的が大事よね」という一点でつながっていた。
何にでもあてはまることかもしれない。
子育てでも、仕事でも、趣味でも。
「私ってどうしてこれ、やってたんだっけ?」
という「そもそもの目的」に立ち返ること。
それによって、些末な何かに気を取られていたことに気づくかもしれない。
自分にとっての最優先事項を確認できるかもしれない。
きっと、人生において本当に大事なことはそんなに多くないのだ。
私たちは、「本当はどうでもいいこと」に何と気を取られて生きていることか。
パートナーシップについての金言続出の、沢野まもるさんのインタビューはこちらからお読みいただけます。
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