「ときめき」に従って「やりたいことリスト」をゼロから作り直した結果
「どうしても、この方にお話を聞きたい」
そんな思いをもっているからだろうか。
取材では、その時の自分に必要なメッセージをいただけることが多い。
わたし探求メディア「Molecule(マレキュール)」にて、取材記事を書かせていただいている。
働く子育て世代の生き方・働き方のヒントとなるような、「わたし」主語のワクワクを大切にした記事をお届けするのがコンセプトである。
今回は、株式会社KMJのコミュニティーディレクター、鈴木美帆子さん(以下、鈴木さん)にお話を伺った。
鈴木さんは「片づけ」を通じて、自分軸で理想を追求する力を身につけた方だ。
そして今、国際的な企業である株式会社KMJの主要メンバーを務めながら、日米での2拠点生活という理想を実現させようとしている。
「片づけはノウハウではない。理想を実現するためのステップなのです」
そんな鈴木さんの言葉をインターネット上で目にした時、
「『理想を実現するためのステップ』としての片づけのお話を、ぜひ聞いてみたい」と感じたのだった。
片づけは好きなんだけどなあ……
自宅の部屋を見渡してみる。
元々、片づけが嫌いな方ではない。
これまで何度となく大規模な片づけをし、何袋ものゴミを捨ててきた。
家族には「捨て魔」と認知されていると思う。
にもかかわらず、なんとなく今の我が家は雑然としている。
それは今の自分が忙しすぎるから。
時間さえできれば、きっと今より片づくはず。
いつか、時間ができれば。
取材前の私はそう思っていた。
図星だった「自分自身が片づいていない」
「部屋が片づかない人は、自分自身が片づいてないんですよ。」
そんな私に猛烈に刺さったのが、取材での鈴木さんの言葉だった。
そう。私自身、まったく片づいていない。
やりたいことは四方八方にあり、あらゆることに首を突っ込んでは中途半端に終わって、時々自信を失くしている。
ひとつのことにコミットできないから時間の使い方も細切れで、家のことにも腰を落ち着けて取り組めない。
「とりあえず」置いたものが部屋のここかしこにあり、視界に入るたびにそっと目をそらしている。
そんな自分の現状をピタリと言い当てられたように感じた。
自分がこんなにもとっ散らかっているのはなぜなのか。
鈴木さんのお話を伺って気づいたのは、「私は、ときめきに従ってない」ということだ。
ときめきには、「感度」というものがあるらしい。
それで言えば私は残念ながら、かなり「ときめき感度」が低いほうだと思う。
好きなものはたくさんあるし、好奇心も強いのだけれど、普段の生活では
「ときめくかどうか」
を考えてはいない。
慎重さに欠ける性格から、自分の気持ちやときめきに思いを馳せることなどなく、ほとんど脊髄反射でいろんなことに手を出している。
”答えは「はい」か「イエス」か「喜んで」”
そんな価値観が自分の中に、ちょっとあったのかもしれない。
あるいは、
「これをやらないとソンをするのではないか」
という基準で行動を選んでいた、ともいえる。
そもそも「ときめくかどうか」を考えていないのだから、感度を鍛えようがなかったのだ。
鈴木さんによれば、ときめき感度を上げるための絶好のトレーニングが「片づけ」なのだそうだ。
今まで自分が抱いていた「片づけ」観が大きく変わりそうだ。
片づけに加え、もうひとつ私の頭に浮かんだことがある。
それは「やりたいことリスト」の存在だ。
私の「やりたいことリスト」は単なる「やるべきこと100」だった
やりたいことを100個羅列する。
そんな、「やりたいことリスト」の存在をご存知だろうか。
私は以前ある本で知った。
「面白いな」と感じ、作ってみたことがある。
とにかく100個出すことが大事。
そう主張している本も何冊か読んだ。
「もう出てこない」というところからひねり出すことで、自分の潜在意識にある「本当の願い」が出てくるというのだ。
しかし正直に言うと、メリットがいまいち分からなかった。
自分が書き出した項目を見ても面白くない。
「これ、本当にやりたいの?」という疑問すら湧いてくる始末である。
どうして、私の「やりたいことリスト」はつまらないんだろう。
改めて見返してみると、
…などの文言が並んでいた。
これらを一つひとつやっていくことで、起こりうる未来。
それを想像してわくわくできるだろうか?
そう自分に問いかけてみたが、答えは「No」だった。
そこには、「ときめき」がないのだ。
どちらかといえば、
「やりたいことリスト」
ではなく
単なる「Todoリスト」
に、なっていたのかもしれない。
鈴木さんの取材を終えてから、私は自分のやりたいことリストを作り直した。
修正や更新ではない。
ゼロからの作り直しである。
頭に「やりたいこと」が思い浮かぶたびに、
「それは、ときめく?」
と、自分の身体感覚にも目を向けながら考えてみた。
それで「YES」と自分が言えるような事柄ならば、迷わずリストに入れた。
少しでもためらいが生じたものは、リストに入れるのはやめた。
他の人のリストをインターネットで調べて参考にすることも、やめた。
そうしてでき上がったリストは、わずか16個に減った。
しかし、ときめきがある。重みがある。
「見返したい」と思えるリストになった。
自分に問うことを、怠らないようにしよう。
ものを買うとき。
人から誘われたとき。
仕事のご依頼をいただいたとき。
そして、身の回りを片づけるとき。
「YES」というその前に、
「それは、あなたにとって『ときめく』もの?」
と、自分自身に聞くことをやってみたいと思う。
もちろん社会生活を送る以上、それ以外の基準で判断しなければならないものはあるだろう。
でも、ちょっとだけでも考えるクセをつけてみれば、何かが変わりそうな気がする。
家の片づけにもそろそろ腰を据えて着手したい。
それも「作業」としてではなく、ときめき感度を上げるトレーニングとして。
そう思う今日このごろである。
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取材から感じたことをライターが思い切り語る「編集後記」はこちらです。