廃線跡を歩く 02ニュージャージー州 セントラル・レイルロード鉄道
今回は、ニュージャージー州全域に鉄道網を張り巡らしていたセントラル・レイルロード・オブ・ニュージャージー鉄道の主要駅周辺について紹介します。
セントラル・レールロード
ニューヨーク・セントラル・レイルロード・オブ・ニュージャージー鉄道について簡単に解説します。この鉄道は、名称が長いのでジャージー・セントラルとかCNJという通称で呼ばれていました(今回はCNJと記します)。1830年代に組織され1976年にConrailに吸収されるまで存続した鉄道会社です。
CNJ自体も吸収と合併を繰り返し、ニュージャージー州全域に鉄道網を広げてきた歴史があります。1960年代以降は運輸が鉄道から自動車にシフトしたため経営が厳しくなりました。かつてのCNJの路線は、Conrailの貨物輸送鉄道として現役ですが、アムトラックやNJトランジットが走る北東回廊の路線もかつてはCNJの路線でした。
ニュージャージーのターミナル駅
鉄道全盛時は、アメリカ東海岸にはたくさんの鉄道会社があり、それぞれが線路をどんどん延長していきました。しかし川幅の広いハドソン川を越えることができませんでした。トンネルや橋を作ってマンハッタンまで鉄道を伸ばす技術がなかったのです。
ハドソン川の西側にある鉄道各社は、ハドソン川の川沿いに大きなターミナル駅を作り、列車を降りた乗客は、目の前でフェリーに乗り換えマンハッタンに行けるよう鉄道網を整備しました。そして各社が豪華なターミナル駅を作ったのです。
上記の地図を見ると、ハドソン川西側にたくさんの鉄道が駅を作っているのがわかります。
CNJのターミナル駅
CNJはハドソン川の下の方に巨大ターミナル駅を作りました。この駅からフェリーに乗れば、マンハッタンの南側に到着できます。ニュージャージーに住む通勤客は、CNJに乗って、ハドソン川にある終着駅まできたら列車を降りフェリーに乗り換えマンハッタンに向かったのです。
旅客を失ったCNJは、お客さんが乗り降りする駅が必要なくなりました。1967年には豪華なターミナル駅は使用されなくなり、長い間放置されることになりました。他の鉄道も旅客が減ったことで、大きなターミナル駅は使われなくなりました。唯一、エリー鉄道が作ったターミナル駅だけがニュージャージー・トランジットに引き継がれています。
廃線跡を歩く
CNJのターミナル駅は、使用されなくなってからは長い間、人が使わない状態でした。駅舎も線路もフェリー乗り場もある日突然使わない状態になりそのままだったのです。そして、少しづつ放置され荒れ果てていったのです。
2000年代になり、ニュージャージー政府がこの建物を修復し、保存することにしました。そして、リバティ・ステート・パークの一部として現在に至ります。現在は、外から見ると、今でも現役のような優雅な姿になっています。
この駅と周辺の廃線跡を歩いてみましょう。
この廃線跡に行くには、マンハッタンからニュージャージー・トランジットでHoboken駅まで行き、そこからライトレールに乗ればアクセスできます。マンハッタンの西側から対岸を見るとこの駅が見えますが、直接向かうフェリーは、もうありません。車で行く場合は、ホーランド・トンネルを通りリバティ・ステート・パークに行くと公園内にポツンと駅舎が建っています。
駅は、外から見ると当時の雰囲気をそのまま残しています。今でも列車がホームに到着して、たくさんの乗客が我先にとフェリー乗り場に向かっていく光景が目に浮かびます。しかし、列車は到着しません。プラットホームはボロボロです。もう2度とこのホームには列車がやってこないことがわかります。
ただ、駅舎、通路、切符を売っていた窓口、フェリー乗り場は当時の面影をはっきりと残しているのです。
駅舎と駅舎の中はきれいに修復されているのですが、プラットフォームは荒れ果てていました。そして線路は剥がされていました。
プラットホームから先も、線路が剥がされ芝生になっています。かつては、ここにたくさんの線路がひかれ、ポイントが複数あったのでしょう。ひっきりなしに列車が駅に到着し、ニュージャージー州の各方面に出発していったのだと想像できます。
今は、大きな芝生の広場となっていて、子供たちがボールで遊んでいます。
上記の写真は、80年代の写真です。その上の写真とほぼ同じ位置から撮ったものです。芝生になる前は線路や枕木があったことがわかります。
線路があったはずの広大な芝生を歩くと、ところどころに線路が残っていました。この線路は駅から出てきた線路の一部です。Hoboken方面に伸びていました。
別の線路は、数年前まで線路そのものが放置されていましたが、現在はニュージャージートランジットが新しく廃線跡にライトレールを敷設しました。このライトレールができたことで、CNJのターミナル駅から伸びていた廃線跡がうまく再活用されています。
現役のホボーケン駅
廃線跡にできたライトレールに乗ってHobokenの駅にやってきました。この駅はかつてはライバル会社であったエリー鉄道がハドソン川沿いに作ったターミナル駅です。現在も当時の駅舎がニュージャージー・トランジットのターミナル駅として使われています。
現在は、ニュージャージー各地からやってきたニュージャージー・トランジットの列車が、ここホボーケン駅で終着となり、乗客は駅を降り目の前にあるフェリーに乗り換えマンハッタンに向かいます。そう、乗降客数は減ったものの、今でもかつての通勤通学風景が生き続けているのです。まるで古い映画を見ているように列車から降りてきた乗客たちは、我先にフェリー目指して早歩きをしていました。
前回、紹介した廃線跡はエリー鉄道でした。あの路線、今も途中からはニュージャージー・トランジットとして運営されていました。あの線路は、ここホボーケンまで繋がっています。そう、かつてのエリー鉄道は、一部ですが現在も生きているのでした。
まとめ
ニューヨーク・マンハッタンからハドソン川を越えた場所にこれほど廃線跡が残っているとは思いませんでした。アメリカはまだまだ土地が余っているというか、ゆとりがあって大都会周辺でもかつての鉄道跡はそのまま放置されているのです。ただ、開発の手は迫っていて、訪れるたびに廃線跡は姿を消しているのも事実です。
そしてCNJやエリー鉄道から旅客部門を引き継いだニュージャージー・トランジットが、かつての線路や駅舎を再利用している光景も興味深かったです。ただの廃線ではなく、今も生きている廃線跡を見るというのも楽しい経験でした。
もしニューヨークに行く時間があれば、このCNJの廃線跡を歩いてみるのも楽しいと思います。廃駅周辺は大きな公園となっていて、ハドソン川越しにマンハッタンの摩天楼を見渡すことができます。自由の女神も後ろ向きですが、かなり大きく見えます。
今でもかつての鉄道繁栄時代の雰囲気が残るニュージャージーの廃線跡の旅でした。