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スミス&ウォレンスキー Smith &Wollensky
学生時代、留学の資金を親に頼っていた私は、極力贅沢はしないように生活をしていました。質素に暮らしていたわけです。
アメリカでの生活が落ち着いてきた頃、母親から手紙が届きました。母には書道教室で仲良くなった友人がいて、友人の息子さんがニューヨークで働いているので会うように、という内容でした。働いているということは私より年上であろうことは想像できましたが、早速手紙に記されていた番号に電話をかけてみることにしました。電話の相手は礼儀正しい方で、週末に食事をしましましょうと誘ってくれました。
マンハッタンの49thストリートと3rd.アベニューにあるスミス&ウォレンスキーで待っているとのことでした。そもそもミッドタウンに行くこともなく、さらにイーストサイドとなると未知のエリアです。一応ジャケットを着て店舗に向かいました。
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スミス&ウォレンスキーは、それは立派な建物で、大学生の身分であった私は圧倒されました。恐る恐るドアを開け予約名を告げると、年老いた店員さんが丁寧に席まで案内してくれました。
席には、私の母親の友人お息子さんが先に到着していました。「こんにちは」と挨拶した方は、どう見ても50代、もしかしたら60代の紳士でした。母親の友人と言っても歳は聞いていなかったので、母の友人はそれなりの年齢の方だったのでしょう。私は歳の近い人を想像していたので驚きつつ、席につきました。
出てきたステーキは、真っ黒焦げの塊でした。
「周りは焦げているので、ナイフで割って、中の肉を食べると美味しいですよ」と説明してくれました。私はこんなステーキを見たことがなく、なんとも贅沢な食べ方だなと思いつつ、肉の真ん中の柔らかい部分だけをいただきました。それでも量が多く完食できませんでした。
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食事中は、お互いニューヨークでどんなことをしているのかを話しました。
息子さんは、農協の資産をニューヨークで運用していると話していました。彼の子供たちはすでに独立していて、奥様は海外生活に馴染めないので1人でニューヨークに住んでいること、そして会社ではとても偉い立場だということもわかりました。
私のような学生をどう思ったのかわかりませんが、贅沢な生活をしているわけではないことを察してくれたのか、その後、数ヶ月に一度電話をいただき、マンハッタンの高級店に連れて行ってくれたのでした。
当時は携帯はありません。引っ越しを繰り返すうちに彼の連絡先がわからなくなり、そのままになってしまっています。
あの頃、日本から遠く離れたニューヨークで、地味に生きている私を助けてくれた母の友達の息子さんには今でも感謝しています。
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スミス&ウォレンスキーについて
長い歴史があるのかと思っていたのですが、実は1977年にオープンしたステーキハウスだそうです。
私が行ったニューヨーク店が1号店で、現在は、ボストン、シカゴ、コロンバス、ラスベガス、ロンドン、台北に支店があります。確かにラスベガスにニューヨーク店と同じようなデザインの店舗があるのを見かけます。
スミスさんとウォレンスキーさんが作った店だと思い込んでいましたが、この店を創設したアレン・スティルマンによると、いい店名を探して電話帳からスミスとウォレンスキーを選んだそうです。オープン時は、チャーリー・スミスとラルフ・ウォレンスキーが作った店という宣伝を行ったそうですが、実はチャーリーとラルフはアレンさんの犬の名前だったのでした。
いかにもアメリカらしいエピソードです。アレンさんは1999年に株式上場を果たし億万長者になりました。この資金を利用して全米に店舗を増やしました。その後、いくつかの会社が買収し、現在はボストンの投資会社の所有になっています。
料理はとても美味しいですが、いかにも歴史があり、メニューも昔の味を維持しているものだと勝手に思い込ませるマーケティング手法にまんまと騙されていたわけです。
でも、このレストランには、学生時代の特別な思い出があります。レストランとは、ただ味が良い、とか、歴史があればいいというものではなく、お客個人個人の大事な記憶が重要なのだと思います。