童話「かみさまのバク」
お日さまがゆっくりしずむまっ赤な夕やけ空の下、南の地の深い森はもう暗くなりはじめていました。その中の木々の枝を、一匹のサルがすばやくわたっていきます。サルの行く森のむこうには小さな沼がありました。サルは木の上にとまり、沼を見わたしました。そこには鳥が二羽、羽根を休めていました。サルが沼のほとりにおりると、鳥はおどろいてばたばたと飛び立っていきました。
「あー、いっぱい遊んでのどがかわいた。水をのもうっと!」
サルが水面に口をつけてごくごくと水をのんでいると、沼のむこうの森から、がさごそと音がしてきました。
「ん、なにか、来たぞ」
サルはすぐ木にかくれ、むこうの森に目をこらすと、ゆれる葉の間からなにやら黒い動物があらわれました。
「なんだ、あれは・・・?」
サルは黒い動物の顔を見てブタかイノシシかと思いましたが、鼻が前にたれていてうんと長いようです。動物はその長い鼻をゆっくりと水面に入れました。すると、黒い顔のうしろに見えてきたせなかは、まっ白でした。
「顔が黒いのに、背中が白い?」
サルがよこにまわってみると、その動物はなんと、顔から肩、足までが黒く、肩からうしろの体が真っ白でした!
「黒と、白、前とうしろで分かれてる?」
その動物がサルに気づき、黒くて長い鼻を水から上げて顔をむけました。
「やあ、こんにちは!」
サルは、いきなりその動物にあいさつをされて、あせりました。
「や、やあ。君は・・・?」
「ボクは、バク」
「バク・・・?」
「そう、ボクは、バク」
バクと名乗ったその動物に、サルは思っていることをそのまま聞きました。
「その体の色、どうして、そんな黒と白になってるの?」
「みんな、そういうよ。どうしてなのって」
「だって・・・」
「かみさまが、こうしたんだ」
「かみさまが?」
「そう、かみさまが」
「うそだあ。かみさまが、体の色を前が黒でうしろが白って、そんなへんてこりんにしないよ」
サルは笑いながら、バクのまわりをぴょんぴょん飛びはねました。
「かみさまのバクは、へんてこりん!かみさまのバクは、へんてこりん!ききっ、ききっ」
サルは笑いがとまらないまま飛びはねて、森へ帰っていきました。
次の日、空一面がまっ赤にそまった夕方、サルはまた小さな沼にやってきました。
「今日もあのへんてこりんな黒白の、バクはいるかな?」
サルが沼のまわりを見ていると、森の中から黒い頭をのぞかせ、つぎに白い体を見せて、ゆっくりとバクが出てきました。
「いたいた。やあ、バク!」
「ああ、来てたんだね」
「へんてこりんが、また見たくてさ、ききっ」
サルは水面に口をつけ、バクは長い鼻を入れて、水をごくごくとのみました。
その時、森の中で、低くて太い声がひびきました。
「ああ、ハラがへった。しょうがない、水でものむとするか」
その声のぬしは、とても大きなトラでした。トラは小さな沼に目をむけました。
「お、サルがいるな。ん、サルのよこにいるのは、なんだ?頭が黒くて、体が白いぞ?でもまるまるしていて、うまそうだ!」
トラはしたなめずりをしながら、ゆっくりと沼にむかいました。
「わっ、トラだ!」
サルは沼のむこうにあらわれたトラに気づき、あわてて飛びのきました!
バクも鼻を上げトラを見ました。トラが沼にそって歩き、ふたりにむかってきます。
「ききーっ!」
サルがにげだしたしゅんかん、トラはいきなりかけだしバクをおそってきました!
「ガルルルッ!」
バクは飛びかかってきたトラをするりとかわして、ざぶざぶとすばやく沼の中に入っていきました。トラが体をかえすと、バクは沼の中にもぐりまったく見えなくなっていました。
サルは森の木の上にのぼって、はらはらしながらバクとトラを見ていました。バクがもぐった沼の水面には、よく見ると、バクの長い鼻のふたつの穴が出ていました。
トラは水面を見ながら行ったり来たりをくりかえしています。
「ちくしょう、黒白のへんなやつ、水の中にもぐったまま出てこない」
しばらくするとトラはバクをあきらめ、森の中へ帰っていきました。
サルは、木からおりてふうとため息をつきました。すると、がさごそと葉がゆれる音がして、サルはあわててかくれました。
「もう、だいじょうぶだよ」
サルがのぞくと、そこには黒い顔から長い鼻を上げた白い体のバクがいました。
すっかり暗くなった沼のほとりで、サルとバクは話します。
「ああ、こわかった!もう少しでトラに食べられちゃうところだった」
「おたがい、助かってよかった」
「でもどうしよう、これから夜ねると、あのこわいトラがきっと夢に出てくる!」
ふるえるサルを見て、バクが言いました。
「じゃあ、ボクを思い出して」
「え、バクを?どうして?」
「ボクを思い出して、そして、“この夢を、バクにあげます”って言って」
「そうしたら、どうなるの?」
「ボクがそのこわい夢を食べる」
「こわい夢を食べるって?そんなことできっこないよ、ききっ」
サルは手をたたいて笑い出しました。
バクがサルを見ていいました。
「かみさまが、そうしてあげなさいって」
「また、かみさま?かみさまのバクは、へんてこりん!ききっ、ききっ」
サルは笑いがとまらないまま飛びはねて、森へ帰っていきました。
夜になりサルがねむりにつくと、やはり夢の中にあのこわいトラがあらわれ、サルをおそってきました!
にがすものか、ガルルルルッ!
あまりのこわさに目がさめたサルは、ふるえながら思いました。
「どうせ、ウソだろうけど・・・」
サルはバクに言われたとおりの言葉を口にしました。
「この夢を、バクにあげます!」
そしてまたねむりにつくと、ふたたびトラがあらわれおそってきました!
するとそこバクがあらわれて、その長い鼻でトラをしゅるしゅるとのみこんでしまいました。
そのあとサルはゆっくりとねむることができました。
また次の日、空一面がまっ赤にそまった夕方、サルはまた小さな沼でバクにあいました。
「すごいね、バク! 夢にこわいトラがあらわれたから、この夢を、バクにあげます!っていったら、きみがあらわれて、トラをしゅるしゅるってのみこんじゃったよ!」
「こわい夢は、ボクにまかせて」
サルとバクが話していると、うしろからうなり声が聞こえてきました。
「きのうはまんまとにげられたが、今日はそうはいかないぞ、ガルルルルッ!」
森からいきなりトラがあらわれました!トラはバクをおそおうと、チャンスをうかがっていたのです。
「うわっ、またトラだ!」
サルは飛びはねて、いちもくさんに森の中へにげこみました。
バクが沼に入ろうとすると、トラは先にじゃぶじゃぶと水の中に入って立ちはだかりました。
「どうだ、これで沼の中には入れないぞ!」
するとバクはくるりと向きを変え、いきなり走り出して森の中へ入っていきました。
「にがすもんか!」
走ってにげるバクを、トラがもうぜんとおいかけてきます!
「にげろ、バク!」
さけんだサルの木にトラがぶつかっていきました!
どしんっ!
「うわあっ・・・!」
森の奥へ奥へと走ったバクは、おってくるトラを見て、走るのをやめました。そしてバクは体を横にむけてぴたりととまり、まったく動かなくなりました。
トラは足を止めて、暗い森の中を見わたしました。
「やつはどこへいった?」
いくら見てもバクのすがたはなく、むこうの木のあいだには、ぼわっとした白いところがあるだけでした。トラはその白いところに目をこらしましたが、それがバクには見えませんでした・・・。じつは、トラはその目に、頭、足、胴体と、すがたかたちがはっきり見えないと、それが動物だとわからないのです。
「やつめ、どこかへいっちまった」
トラは大きな頭をふり、あきらめて森の中を戻っていきました。
気がついたサルが起き上がって森の奥に目をやると、バクが見えました。サルはバクに声をかけようとしますが、声が出ません。何度もさけぼうとしましたが、サルの声は、やっぱり出ません・・・。すると暗がりの中のバクの体の白いところが、光をおびはじめました。サルはその光のまぶしさに、おもわず目をつぶりました。
すると、サルの耳に不思議な声が聞こえてきました。
「コノヨハ、ユメノ、アトサキ・・・」
サルは声にむかって聞きました。
「ユメ・・・?あなたは、いったい、だれ?」
「バクヲ、コノヨニ、ツカワシタ」
「バクを、この世に、つかわした?まさか、まさか、あなたは・・・」
サルの目を閉じている闇の中に、ぽつんと一点の光が見えてきました。
その光は、どんどん強くなり、どんどん大きくなり、どんどん広がりました!
「うわああっ」
サルはあまりのまぶしさに、気を失ってしまいました・・・。
サルがゆっくり目を開けると、そこに黒くて長い鼻が見えました。
「あ、バク・・・。ボクは、どうして・・・」
「木から落ちて、気を失っていたんだよ」
「え、おかしいな。バクに声をかけようとしたら、バクの体の白いところが光って、光はどんどん強くなって・・・」
「それで?」
「なにか、声が聞こえてきたような・・・」
「それは、かみさまだよ」
「かみさま・・・!?」
「そう、かみさま。ボクの体のうしろを白くした。ほかの動物からおそわれないようにって。それで、おまえはみんなのこわい夢を食べなさいって」
「そうだったんだ・・・。ごめんね、へんてこりんだなんて」
「いいよ。変わってるのは、ほんとだから」
サルがにっこりわらってバクに言いました。
「ボクたち、友だちになろう」
バクもほほえんでこたえました。
「いいよ、友だちになろう」
サルがバクの白いせなかにぴょんとまたがりました。
「かみさまのバクは、へんてこりん!へんてこりんで、いいやつだ!ききっ、ききっ!」
二ひきは月夜の森をゆっくり歩いていきました。
こんどかみさまにあったら聞きたいことを、いっぱい話しながら——。
(おわり)