アカシック・カフェ 【1-2 シュガー・ルーム】
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バックヤードから、隠し部屋へ。隠し通路には伊万里様も驚いた様子だったけど、いざ部屋に入り椅子に座れば、彼女の強張りは一分前の比ではない。
無機質な空間。表の喫茶店の調度に合わせて、それなりの彩りはあるけど、そんなことでは和やらげ切れない。隠し部屋に連れ込まれて怯えるなという方が無理だろう。
「ごめんなさいね。仮にも『天文台』ってご注文されたのに、こんなんで」
「いえ、ダイジョウブです」
ひどく淡泊な反応。というより緊張が解れていない。店内で多少打ち解けたと思ったのに、振り出しだ。
……やっぱり、この部屋ももう少し飾りがいるのか。でも内装のセンスないんだよなぁ。師匠がいたころは、この部屋も雰囲気あったんだけど、あの人飾り付け全部持って出ていっちゃったんだよな。
んン、嘆いていても始まらない。俺はまた向かいに座って、本題に切り込む。
「さて、伊万里様。何をお知りになりたいので?」
「……私が、知りたいのは……」
言いかけて、言葉が止まる。やっぱり、まだ緊張しているらしい。そりゃそうだ、けど何か話してくれないとこちらも困る。
アカシックスの能力、特にその発動は、実のところ人それぞれだ。ネットサーフィンする気楽さで行使するようなやつもいれば、丁寧なマインドセットが必要な人間もいる。色々だ。
だけど全員に共通するのは、「何を知りたいか」を意識していること。
俺たちアカシックスは、膨大すぎる記録に接続する。人類栄華数千年、なんて些細な尺度じゃない。文字通りの「宇宙の歴史」数百億年。世界の始まり、神の真実。その旅路で帰り道を失った人間だって少なくない。
だから俺は、自分が、そして相手が知るべきモノが何か、知ろうとする。一人のアカシックスとして。
かといって、あまり聞き出そうとしてもよくない。プレッシャーだけはかけちゃいけない。一人の相談相手として、それはしない。だから俺は軽い調子で、いつものように促す。
「話せるとこからで結構です。少しずついきましょう」
基本的にここに来る人間は、強い感情を、執着を抱えている。矢車の旦那が仲介する――慎重派の矢車の旦那をして、ここを紹介するしかないと思わせるほどの人間は、主に『後悔』『不安』『悲哀』。いくら決断したとはいえ、いざ話すとなれば躊躇や怯えが出るのが普通だ。
俺は急かさない。店先はもう、閉店の札に変えてある。
コーヒーを一杯、丁寧に作れるくらいの時間。
「私が、知りたいのは」
果たして、伊万里様は少し俯いて、ぽつりぽつり言葉を紡ぎ始めた。
俺のペンがそうした、彼女の言葉をカルテに記す。
「四……、ううん、五年前の、今日」
一言一言から、哀しみが滲む。恐怖が溢れる。不安が瞳から零れる。
「あの日、辰真がどこにいたのか」
そして、それ以上に、揺るぎない決意が響いた。
>>つづく>>
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