アカシック・カフェ【5 潮騒よりも賑やかに夏】
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「はい、アイスコーヒー、アイスカフェラテ、もうひとつ」
「ねぇ、やっちー」
「アン?」
「私たち、夏休みに入ったんだよ。どっか連れてってよ。海とか」
「……海、だと?」
「弥津彦さんは、海より山派?」
「気になる気になる!」
「はぁ……その話は今日の分の課題が終わってからな」
「うぅー、やっちーいつもより厳しい」
「……夏休み入ったから、ってお前の親御さんからも先生からも厳しくするように言われてるんだよ」
「うぇ!?」
「先生はともかく、シュウカのおじさんと弥津彦、知り合いなんだ?」
「俺っつーか、店の先代夫妻がな。……それに」
「それに?」
「……シュウカの親御さんがこの街で知らないこと、ないだろう」
「あー……なるほどね」
「……うぅ、ごめんね、やっちー。なんだか面倒ごとになってる?」
「いや! すまん、そういう意味じゃないんだ」
「ほんと? ここ、来ていい?」
「おう。むしろ、お前らみたいな綺麗どころが来るって定着すると客寄せになるし、永愛の課題も進んでるし、助かる」
「……ふふん! やった!」
「泣いたシュウカがもう笑ったわ。流石ね、弥津彦さん?」
「ああ」
「えへへ……綺麗どころかぁ。弥津彦、私かわいい?」
「……おう」
「永愛ちゃん、よかったね」
「ハヅホも今日も綺麗だぞ?」
「うっ……!?」
「一本取られたねぇ、ハヅ」
「弥津彦さんの癖に……!」
「睨むな睨むな」
「『美人が台無しだぞ』」
「わかってんじゃねぇか、永愛」
「伊達に居候してないからね」
「もう、二人して……」
「はいはーい! やっちーやっちー!?」
「んだよ。座れ」
「はいっ!」
「よろしい。んで?」
「ね、やっちー? 私は?」
「シュウカは……」
「うんうん!」
「黙ってりゃ綺麗だよ」
「うぇー!?」
「弥津彦、それは酷い」
「弥津彦さん……」
「やめろその眼」
「…………やっちー、私黙ってた方がいい?」
「いや、違うんだ。喋ってたら可愛い、って意味だ」
「……ふふふ、うん!」
「じゃあ、弥津彦さん! 私はどうですか?」
「ん?……えっ?」
「……え?」
「お客さん……かしら」
「……いらっしゃい、ませ?」
「……洋香、お前、なんで」
「何でとはお言葉ですね、弥津彦さん。一応私、お客さんとしてきたつもりですけれど」
「……そうか。永愛、悪いけど案内だけ頼む」
「あ、うん。こちらのお席へどうぞ」
「……お姉さん、やっちー……弥津彦さんの知り合い?」
「はい。弥津彦さん……ふふ、やっちーさんの幼馴染ですよ」
「幼馴染! ……だって!」
「なんでこっち見るの、シュウカ」
「で、何の用だ?」
「何の用って……重ね重ね、お言葉ですね? ……アイスコーヒー、いただきましょうか」
「……弥津彦、アイスコーヒー、ワン」
「おう」
「それと、ティラミスと、弥津彦さんをください」
「はい、ティラミスと……は?」
「アイスコーヒーとティラミスと俺な。以上で?」
「はい」
「ちょっと待ってろ。……いや、少々お待ちを」
「……え、ハヅ、私の聞き間違い?」
「……うぅん。あたしも……『そう』聞こえた」
「ヨウカさん……でしたっけ? うちの弥津彦に、何の御用ですか?」
「ふふ……コーヒーを頂きに」
「もう誤魔化されませんからね!?」
「それ言うの何回目だと思ってるんです、ヨウカさん?」
「……あら、何回目でしたっけ?」
「天然だ。この人天然だよ」
「天然……? いえ、私は全然、天然なんかじゃありませんよ」
「天然だー! 天然お姉さんだよー!」
「こら、シュウカ! 大声出さない!」
「……シュウカ、ハヅホ、永愛。その辺にしとけ。洋香の言うことを真に受けてたらキリがないぞ」
「やっちー……」
「ねぇ、弥津彦、この人誰?」
「幼馴染で今は客の早船洋香。はい、アイスコーヒーとティラミスです」
「まぁ、ありがとうございます」
「そら、シュウカもハヅホも永愛も自分の課題しろー。お代わり淹れてやったから」
「……弥津彦さん、それが通ると思う?」
「通るかどうかじゃなくって、通さないんだろ」
「わかってんじゃん、やっちー」
「ったく……」
「ふふ……弥津彦さん、モテモテですね? 昔みたい」
「はっは、昔よりは女運は良くなったと思うぜ? いい女ばっかり」
「うわっ!? キザ!」
「うっ……弥津彦さんの癖に……」
「……演技してるの、私にはバレてるからね」
「私にも、です」
「……へいへい。やっぱ今も昔も女運悪いな」
「悪いのは演技の腕だと思うんですよ。それこそ、昔から」
「……さっきから、昔、昔って。楽しそうだね、弥津彦」
「あぁ、悪い……。昔話はまぁ、またしてやるから」
「ん……」
「でも、その前に。洋香、お前の今の話を聞かせてくれ」
「……私の、でいいんですか?」
「他に何がある。世間の流行りは女子高生に聴いてんだ」
「そうですね……『栄海』の今、とか?」
「興味ない。達弥が……何とか、してるんだろ」
「せいか~い! 見てきたように即答ですね。もしかして、視て」
「ねぇ。何年帰ってないと思ってんだ」
「さぁ、何年ぶりでしょうねぇ」
「で、そんな俺にお前は帰ってこいと言う。『俺が欲しい』って、そういう意味だろ?」
「はい。いやぁ、バレましたか」
「お前は言い方が毎度変なんだよ」
「なんだぁ……」
「お、ハヅ、ほっとしてる?」
「してないッ!」
「……で。何の用件だ。爺さんか婆さんが危篤か?」
「縁起でもないことを……」
「やっちー、それはないよ」
「ふふ……丸くなりましたねぇ、弥津彦さん」
「これで!?」
「えぇ。昔の弥津彦さんは、本当に、ほんっとうに不良さんで……」
「フリョウ!? やっちーが!?」
「栄海や早船の家からすれば、だろ。あの年頃の男子ならあんなもんだ」
「いや、どうでしょうね?」
「家って……なんか引っかかる言い方だけど、やっちー、もしかして」
「あー……。まぁ、そうだ。お前と似たようなもんだよ、シュウカ」
「そう、だったんだ……」
「俺にはどうも、あの色んな人や都合がごちゃつく家が息苦しくて……。色々あって、弟の方が跡継ぎを期待されてる空気もあった。で、折り合いが悪くなって家を飛び出して、この店のマスターに拾われて、そのまま居付いたって訳」
「あの時は大変でしたね……」
「逃がしてくれたことは、感謝してる」
「いやに素直ですね?」
「まぁ、丸くなったんだろう」
「ふふ……。お嬢さんたちのおかげかしら?」
「かもな」
「そう、なのかな……?」
「永愛ちは絶対そう! ハヅもだよ!」
「な、何であたしも」
「シュウカもだ」
「うぇ! へへ……やっちーご本人からのお言葉でしたら……」
「ふふ、やっぱり女運がいいじゃないですか」
「……あー、まぁ、今も昔もな」
「そうだ! 昔の話!」
「その前に今の話! 洋香、そろそろ本当の用件を教えろ」
「本当に、聞きたいですか?」
「どんだけ勿体つける気だ。いいから言え」
「……達弥くんが、結婚します」
「っ……!」
「……たつや、って」
「さっき話に出てきた?」
「そう、か。……相手は?」
「大丈夫。あのころから仲のよかった、浦上家の次女さんです」
「……そうか」
「……え、何? どういうこと?」
「あー……俺が家を出たから、弟は栄海の家を継いだ。達弥はその辺り、うまくできる奴だったから、心配はなかった」
「実際、達弥さんはしっかりできてるんです。『眼』端の利くお兄さんと同じくらい器用で」
「それは……すごいね、弥津彦の弟さん」
「まぁ……とはいえ、だからこそ出てくる問題もあって」
「『政略結婚』……だね?」
「……シュウカ? まさか」
「ううん! うちはないよ……多分」
「そっ、か。安心した」
「でもですね、もともとあった許嫁の件は……そこのお兄さんが出奔して、栄海の家の評判そのものが下がって、なしになったみたいです」
「それは、なんというか……」
「災い転じて、ってやつ?」
「さて、どうでしょう。……弥津彦さん、もしかして、全部」
「わかってたわけないだろ。俺にゃ、未来はわからん」
「……そういうことに、しておきます」
「でも、そうか。……そうか。よかった」
「私も、伝えに来てよかったです。栄海の家は嫌いでも、達弥くんのことは相変わらず大事なんですね」
「まぁ、そりゃ……弟だしなぁ」
「ふふ……」
「やっちーはそういうところあるよねぇ」
「ぶっきらぼうで、そのくせ抱え込むところ?」
「うん、あるある。それとねぇ……」
「いやぁ、わかられてますね~?」
「なんでも分かるのは俺の専売特許なんだが」
「そうでもないみたい、ですね?」
「はぁ、全く」
「でも、それがいいんでしょう?」
「あー……。まぁ、なんだ、なんでも分かるあの家の中より、一方的に全部見通しちまうあの家より、よほどいい……かな」
「なら、よかったです」
「……なぁ、洋香」
「はい?」
「達弥には、おめでとうと伝えてくれ」
「直接伝えないんですか?」
「これでも勘当されてるんだ」
「その勘当した七代目から変わるんですけれど」
「だとしても、けじめだ。……その代わり、コーヒー豆とか贈るよ」
「はぁ……」
「くだらない意地だ。それに、それ以上に、この店と役目を守らなきゃいけないから……守りたいから、帰らない」
「……そう、ですか」
「悪いな」
「いえいえ。……ただ、ひとつ、私から」
「なんだ?」
「意地を持ってるのは貴方だけじゃないんです」
「……まぁ、そりゃ」
「私が縁談を断ってるのは、いい相手がいないからじゃないんですよ」
「……」
「私にも、意地はあるんですからね」
「……そうかい」
「それだけです」
「……ああ」
「結婚式の日取りが決まったら、一応連絡はしますから、気が変わったら来てください。達弥くんも『兄さんが来ないと言っても席だけは空けておく』と言ってました」
「そりゃ気の利くやつだ」
「誰かさんと違って」
「悪い」
「慣れっこですよ、今も昔も……」
「……そうだ、昔話!」
「うわっ!? 永愛、聞いてたのか!?」
「うぅん、ただキーワードが聞こえてつい」
「それはそれでお行儀悪いよ、永愛ちゃん……」
「でも、私もやっちーとよかちゃんの昔話聞きたいな」
「よかちゃん……?」
「ふふっ。えぇ、えぇ、よかちゃんが沢山話してさしあげましょう! 弥津彦さん、皆さんに……えぇと、皆さんがお好きなものを!」
「へいへい。全部お前のおごりにするぞ」
「えっ……お金、とるんですか」
「客として来たのは誰だ?」
「え、じゃあ皆さんも?」
「いえ、あたしたちは」
「永愛は家族、シュウカとハヅホはその友達兼家庭教師ってことで、夏休み中はタダにしてる」
「……私も、永愛さんの友達ということで」
「うーん、ごめんね、洋香さん。自分でお客を名乗っちゃったの、聞いちゃったからね……」
「ひどい! 友達じゃないんですか!?」
「友達だとしても、私、ここのバイトなので……けじめってやつ?」
「うー……」
「観念した方がいいですよ。これ、もう勝ち目ないです」
「よかちゃん、ゴチです!」
「うーん……わかりました! その代わり、弥津彦さん!」
「あん?」
「女子会、入ってもらいますからね! 昔話いっぱいしましょう!」
「はいはい。永愛、サーブ手伝ってくれ」
「はぁい!」
「永愛」
「なぁに?」
「洋香は、もう友達か」
「ふふ、面白い人だね」
「そうか。じゃあ、なんだ」
「なぁに?」
「友達も増えたし……海、行くか?」
「……うんっ!」
||第5話 潮騒よりも賑やかに夏・おわり||
ちなみに
こちらで言われていた「2、セリフだけの会話文を長々と書け」「会話だけでキャラ立てが出来ているか?」に準じたやつでした。
読んでから実際のプラクティスまで3ヵ月もかかってしまった……。そもそもプラクティス用の新作を書くつもりだったんですが、アカシックカフェへの声をいただいたので、アカシックカフェしました。いかがでしたか?
新入りのキャラを立てるのも、今までの面子を深堀するのも、そもそも弥津彦と永愛を久々に書くのも並行だったので、うまくいったかはわかりませんが、こちらのnoteで示されてる基準に基づいて読み返すのも面白いかも。
やっぱり会話劇、楽しいですね。
Twitterとかマシュマロ(https://marshmallow-qa.com/A01takanash1)とかで感想頂けるだけでも嬉しいです。 サポートいただけるともっと・とってもうれしいです。