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アカシック・カフェ【3-5 What's AkashiX? ~社会編・今日のまとめ~】

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全知を知るアカシックス。全知の実在すら認識できぬ人間。互いに手を取って、平和に生きているのが今の社会。
とは言い切れない、と俺が語勢を落としたとき、少年は、口をぐっと引き結んだ。シルエットが強張ったように見えた。

「アカシックスは、神でも悪魔でもない。けれど、アカシックスは特別視される。よくも、悪くも。……覚えは、ありませんか?」
「……まぁ、はい」

彼は、バツの悪そうな感じで首肯する。意地の悪い聞き方をして悪いね。ほんと。

ぱっと見、テーブルにはケータイは置かれていない。けれど持っていないなんて、現代高校生にはあり得なくて、家にはパソコンとか、タブレットとか、そういう彼是があるだろう。
インターネットには、無責任なアカシックスの神格化や、あるいは警告警句が溢れている。ひどいものだと、アカシックスを捩って「シック」……言うまでもなく「病人」と吐き捨てるスラングもある。あとは、アカ/シックスで「赤六」とかでも通じるか。これはただの略称なんだが、気分はそんなに良くない。

もうひとつ、ちらと視線を巡らせる。未だ他の客が来ない、風鈴が鳴らぬ入り口には、本棚が堂々鎮座している。その中に、新聞や週刊誌はない。数多出版されるそれらの刺激的な煽りの中での俺たちは、それこそイエスやブッダからアンリ・マユまで両極端だ。はっきり言って、気分のいい物じゃない。先代マスターの頃から、うちに置いてあるのは、少年漫画誌、少女漫画誌、あと奥様の生活情報誌と、サブカル芸術誌と、「違いの分かる大人のための日用アイテム500!」みたいな特集をやってる、アレだけだ。あぁ、あとお子様向けの絵本。そろそろ傷んできたし新しいの買ってこようかね。

テレビやラジオも然り。アカシックスへの風評被害がひどく流れた時代もあったそうだが、最近はまぁ、まぁ。あったりするし、なかったりするし、誤解を解いてくれたりするし、不快な企画をやってくれたりもする。評価としては、前述のと大差ない。
個人的な感情は置いといて、単純に店内の雰囲気に合わないので、そういうのは置いてないのだけど。

俺と店はともかく。
彼はやけに、というほどではないが、アカシックスへの妙な憧れを持っていた。ネットで半端な情報を得たのか、そういうやつからの二次情報、三次情報で何か偏ったイメージが根底にあったのだろう。そうアタリをつけていたが、やはり的中したらしい。
だからこそ、今日の小話でそういう無知を知り、恥じた……という言い方は、講師側の驕り昂ぶりが過ぎるけれど、鉄を熱いうちに打つ。喉元過ぎて熱さが失われてからじゃ意味がないのだ。

「社会には、未だ強い誤解が蔓延している。過剰な意識が、アカシックスを、加害者にし、被害者にする」

近現代における、アカシックスが明るみになってからの迫害。
それ以前の魔女狩り、妖怪化、神格化。
アカシックスを狙っての直接的な暴力。間接的な人質。
犯罪の片棒を担がされたり、神輿に担ぎ上げられたり。
隣人による悪戯であったり、組織的な悪人であったり、通り魔的な悪意であったり、狂気的な悪夢であったり。
多種多様だ。どれを話したところで、コーヒーが不味くなるだけなので言わない。まぁ、手遅れかもしれないけれど。

少年は、俺の言わなかった混沌を察してか、察さずか、おずおずと、無理を承知でと言わんばかりに力なく、問う。

「……それ、全知で回避したりは」
「できませんね。アカシックスは『知りたい過去を知る』チカラであって、『未来予知』でも、『脅威予測』でもない。ここまで話した通りです」
「……自分に危害を加えうる誰かを、常に監視するのも」
「えぇ、無理です。それで正気を保てるなら、いいんですけどね」

ふぅ、と細く長く息を吐く。あぁ、こればかりは俺も、出来たらよかったと思うよ。アカシックスを狙った犯罪の多さは、ちょっとアカシックスの歴史や世界の犯罪史を調べればわかることだ。自衛や回避が出来たら、どれだけよかったか。
けれど、自衛と称してラプラス観測どころか、定時接続でさえ、すれば絶対に正気を失う。俺が、というか、人間の精神衛生の話だ。現実に、正気を失った結果刃傷沙汰を起こしたアカシックスの例は多い。

……勿論、これは社会のごく一部の、暗部だ。前途洋々な少年に、これを傷跡として残すのは悪いよな。
付け外しを繰り返したお道化た喫茶店のマスターの仮面を、再び被る。

「ま、あんまり気にすることじゃありませんよ」

重すぎるテーマを振ってしまったことを反省しつつ、埋め合わせるかのように彼の未熟を肯定する。彼の、及ばないまでも誠実に問題に向き合う姿勢を肯定する。
手をひらひら、気楽に遊ばせて、俺自身も肩の力を抜く。ちょっと、ムキになりすぎた。

「今日は流れで生々しい話をしましたが、明るい話題だって、あほな話題だって沢山あります」
「そう、なんですか?」
「えぇ。結局は、ちょっと個性の違うだけの人間ってことです」

けらけらと笑ってみせる。師匠も永愛も、他の知り合いも、人間的に歪んでいるとか、達観しているとかはあまり感じない。結局、ベースが人間なんだから、人間と寄り添えるはずなのだ。

「こういうの、追い追い授業でもやることなので、まだまだ学ぶ機会はあります。少なくとも、明窓館はそのあたり、ちゃんとしてる」
「明窓館は? ……あぁ、バイトの人が」
「それもですけど、俺も卒業生なんですよ」

高等部途中からの編入生だから、このお兄さんみたいに長くはないけれど。しっかり勉強させてもらったさ。

「そのうち、歴史とかも勉強できますよ」
「歴史」
「えぇ。『始まりのアカシックスたち』『迫害と共存』『歴史再編纂』『全知条約成立闘争』『アカシックス・フォークロア』『全知教』、それに『全知犯罪の発生と適応』……それこそ、全知じゃないので他所の学校を知らないんですけど、明窓館は結構深くカリキュラムを組んでます」

今日の話で興味を持ってくれたのか、それとも尖ったキーワードが少年の心をくすぐったのか、また目がキラキラし始めた。どうせ学ぶなら、どうか、いい経験で終わってほしいものである。結構壮絶な内容のも多いからな……。
いやしかし、このカリキュラム構成は私立学校の強みだよなぁ。俺がいたころよりも、さらに手厚くなってるんだから、浅谷先生……もとい、浅谷主任もやり手である。
ちなみに一回だけ、公立高校の授業内容を視たことがあるんだけど、比べ物にならなかった。長話で氷が解け切ってしまったコーヒーよりも薄い……というのは、流石に言いすぎだけど、どうも痒い所に手が届かないというか。明窓館が手厚すぎると考えるべきなんだろうな、こればっかりは。

「ま、そういうわけなので」
「全知に頼らないで勉強しましょう、ですか?」

小一時間かけて脅かしたり、悩ませたりしてしまったが、いよいよ、彼も気を楽にしてくれたらしい。歯を見せてにやりと笑って、俺の台詞を先読みする。年相応の無垢な生意気さだ。いいじゃないか。

「お、よくお分かりで。もしかして、アカシックスですか?」
「違いますよ」
「俺もです」
「またまたぁ、見たように話してたくせに」
「はっは、もしそうなら、喫茶店じゃなくて公務員やってますよ」
「それもそうですね」
「えぇ、そうです」

内心ぎくり。単純なかまかけならともかく、『視る』という俺の根幹たるキーワードを使われると、流石にビビるな。

「さ、コーヒー、おかわりいかがです? 長話に付き合ってもらったことだし、サービスしますよ」
「いいんですか? おねがいします」

誤魔化すために、だけど誤魔化しとは思われないように話題を変える。少年の無邪気な答えに俺は気をよくして、ひょいとキッチンへ。まぁ、してることと言えば冷やしておいたコーヒーを出してるだけなんだけど、とはいえ仕込んでるときはマスターから教わった技術を全部注ぎ込んでいる、コーヒーだけに。
だからまぁ、おかわりに笑顔になってくれるのはいい気分だな。

……それにしても、少年、時々勘がいいんだよなぁ。この程度ならば、それこそアカシックスとこじつけるのは無理筋というモノだが、もしもということもある。アカシックスとは「全知」として括られるけど、その基本は「悟り」、悟りの初歩は「勘がいい」から始まる。ないとは思うが、あるいは、もしかしたら。
ま、本当に「何か」あれば、浅谷先生から「依頼」が来るだろう。今の俺は喫茶店店主なので、気にしないでおこう。

俺はけろりと気持ちを切り替えて、彼と、俺の分のコーヒーを用意した。その準備は、そうそう長くかかったものではないはずだが、俺がそれをテーブルに届けた時には、彼はもう数式に向き合っていた。
俺は、褒めたり励ましたりせず、ただ静かにグラスを給した。

>>つづく>>

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