アカシック・カフェ【2-epilogue】
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曲がり角で律儀にもう一回振り返って、浮田様は今度こそ見えなくなった。一件落着、と気を抜いたところに、隣の永愛がぽつりと呟く。
「それにしてもさ、弥津彦」
「ん?」
「音大って言うなら、私の全知の方がよかったんじゃない?」
「あー……」
一理ある。確かに永愛の派生能力でなら、視覚特化型の俺よりもさらに真に迫って宇佐野恋の四年間を体感出来ただろう。音大の生活を追体験出来たはずだ。……が、俺はあくまで師匠として、軽くチョップ。
「自分で制御も出来てない半人前に無茶させてどうする」
「……だよね」
「でも、さっきの声はお前だろ?うまくリンクさせたじゃないか」
「やった!……って、弥津彦にも聞こえてたの!?」
永愛の挑戦は、半分成功、半分失敗。釈然としない弟子を、軽く撫でて肯定してやる。あぁ、驚かされたよ、よくやった。高校生にこれはちょっと子ども扱いしすぎと(多方面から)怒られたりもするが、今日は素直に受け入れていただけたようだ。
満足げな永愛は、だけど、元気いっぱいとは言い難い笑顔で尋ねる。
「それで、今日はどうする?店じまいするの?しよ?」
「そうだな……」
答える俺は笑顔で隠そうとすらできない。正直なところ、俺も割とまずい。今日はもう、夕暮れなのだ。明日は日曜で、定休日なのだ。もういいんじゃないだろうか。確かに、土曜の昼日中に店を閉めていたのは喫茶店にあるまじき行為ではある。ではあるが、しかし大通りから一本入った店で、特別流行ってるわけでもない。ちょっとくらい早く閉めても誤差だろう。エージェントの仕事で、喫茶店で本来稼ぐべき売り上げ分くらいは十分補填できたんだし。閉めていいはずだ。誰が咎められようか。
そう思った時だった。閉めようと言おうとした、まさにその瞬間だった。
「あれ?!やっちー今日もう終わり!?」
その声は、責める色のない純な驚きだった。
「こーら、何か事情があるんでしょ。永愛ちゃん、また月曜日ね」
その声は、一片の皮肉もない慈しみだった。
「……いや?ちょっと商談終わったところだよ?ね?」
「……おう!二人とも寒いだろ?早く入りな」
だから、咎めるのは他の誰でもない俺たちの良心だった。
「え、いいんですか?」
「いいんだよ、まだ営業時間だっての」
「やったー!今日は永愛ち淹れてよ」
「えー?しょうがないなぁ」
「そうだ、あのアルバムかけるか」
「おっ、何何!?」
開店時間はあと一時間前後か。正直二人して疲れ切ってる。見たところ出掛けた帰りだろうし、ここで断っても休日全体では満足のまま終わるだろう。
だけど、せっかくのお客だ。俺たちは迷いなく、ダークブラウンの扉を開けて、もこもこの二人を招き入れた。
||第2話 二つの扉・おわり||
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