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アカシック・カフェ【2-4 紅の扉・目くるめけレッドゾーン】

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□ □ □

「どうする気なの、弥津彦?裏技でもあるの?」

俺が小部屋に入ると、詰め寄ってきたのは浮田様ではなく永愛の方だった。純粋な疑問と、未聞ゆえの不安と、そんな策があることを黙っていたことに対する怒り、か。ご尤もだが、しかし依頼人の前でそれは出しちゃダメだろうよ。

幸い、この素の少女ぶりを浮田様は微笑ましいモノとして見守ってくれたようで、静かにそこに立っていた。すみませんね、未熟な師弟でございまして。

「ちょっと、弥津彦?」
「あぁ、今説明するから待ってなさい」

隅に避けられたテーブルに誓約書やらCDやらを置き、未だにこちらを覗き込む永愛を軽く制して。改めて、浮田様と立って相対すると彼の大きさ……というか、手足の長さが分かる。

「彼女はああ言ってますけど、アカシックスに裏技なんてありません」
「え?」
「ええー?」

依頼人より大きなリアクションの永愛を睨んで、咳払いしてリスタート。

「今からやるのは正攻法の力業です。そもそも、我々がどうやって膨大な全知から望むモノを『知る』かご存じで?」
「……ごめんなさい」
「あぁいや、知らなくて当然なんで!そんな顔しないでください」
「意地の悪い師匠ですみません……」

めちゃくちゃ落ち込む浮田様、慌てる俺、どっちが保護者なんだか分からない口ぶりの永愛。ツッコミどころは多々あるが、浮田様の表情が明るくなったので、よしとしておく。

気を取り直して、俺はさっき置いたカウンセリング用ノートを再び手にして、ぱらぱらと無作為にザッピングする。最上級機密を、あくまで背表紙しか見えないように角度に気を付けて。

「喩え方はいくらでもあるんですけどね。このノートを全知だとすれば、俺達アカシックスは、普通の人がせいぜい一生に一ページ読むところを、いつでもどんなページでも読むことが出来る……そういう異能を持っています」
「はぁ」
「それで、だからってノートの中身を全部読んでるわけでも、丸暗記してるワケでもないんです」

最新、浮田様のページの後はしばらく白紙の未来が続き、ぱたんと閉じられる。厚みある過去が、小気味よい音を立てた。
理論上全宇宙のすべてを知れる俺達は、ときには神や物の怪の扱いを受けることすらあるけれど、それでも人間である。全部知ってたら廃人まっしぐらだ。だから、そうしない方法を学ぶ。あるいは本能でセーブする。

「アカシックスは毎度毎度、全知に対して探りをかけて、ピンポイントに望みの真実を知る。ある者は悟りに行くし、俺なら視に行く。……ま、ご大層なコトのようで、調べものと大差ない、んです、よっと」

つらつら説きつつ、黒の革カバー付きのノートを多重のの鍵付きの小棚に仕舞い込む。大事なものだが、しかし今だけは接続のノイズだ。がちりと厳重な手応えが心地よい封印の中で、しばし眠ってくれ。

「要するに、全部知れるからって全部知ろうとしないってことです、
「が?」

勿体つけた振りに、理想的な反応が二つでひとつ。俺は気分よく、ぐるりと首だけを二人に向けて。にやりと口角を上げて、後に「本当に不気味だからもうしないでね」と叱責されることになる造りすぎな表情で、今回のプランを発表する。

今日は音大の四年間、全部視ましょうか

休符。

「……は?」
「えっ、ちょっと弥津彦!?」

そして再開。今度も永愛の方が大きな声。狭い部屋にキンと響いて耳が痛いが……そりゃこうなるよな。

「本気なの!?四年……四年も視せるの!?体感フィードバックは!?」
「大丈夫。早送りするし、あくまで追想形式だ。一年かそこらに調節する」
「一年……。ううん、それ以前に浮田様が無理でしょ!接続初めてなんだよ!?ですよね?!」
「え、あぁ、うん。初めてです」
「ほら!」
「そこも、まぁ俺の眼と腕だ。限界になったら即やめる」
「……そうはいっても……」

永愛の一気呵成の質問攻めは、部屋に入ったときとは違う本気の焦りが溢れて暴れている。当然だ。いくら工夫をしたところで、四年間なんて長期間を、初めての客に視覚付きでやるなんてのは尋常じゃないどころじゃない。ひとつひとつ答えたところで、安心や納得はなく、勢いと余裕が失われていくばかり。

「永愛」

だけど、これが浮田様への、不出来な俺に出来る最善で最大限だから。

「だから、もしものときはお前が止めてくれ」

三つ編みの先を弄る永愛の力ない手を取り、俺の手首に添えて目を合わせる。永愛の明るい茶色、俺の黒に近い赤茶色。互いが互いを映したのは、数秒にも満たないけど、充分だ。

「……わかったよ。世話の焼ける師匠だね」
「へいへい、万が一なんて起こさないから安心してろ」

無理でも無茶でも、それでも俺達は頷き合う。苦笑して頷き合える。

「やぁ、度々すみません。お待たせしました」

右手を掴ませたまま、改めて浮田様に向き直り説明をし直す。ええと、四年間視るって言ったところだっけ。

「これから浮田様は、あと俺と助手も、音大生活の四年間を余さず視ます。厳密に『浮田様が音大に進学したらどうなっていたか』ではありませんが、音大の追体験としては、それなりに意味と中身と重みのあるモノになるはずです」
「……はい」
「長時間一気見は、ハッキリ言って慣れてる俺でもしんどい。工夫はしますが、それでも負担は大きい。無理だと思ったらすぐそう念じてください」
「私が拾って、接続を切ります。……まぁ弥津彦の集中を乱すだけなんですけど」

空いた右手で拳を作り、にこやかにジャブモーション。見た目には可愛らしいが、身長差の関係で脇腹や鳩尾に刺さるそれに横目で釘を刺して、最重要事項の説明。

「あんまり痛くするなよ?……で、です。恐らく一年……もしかしたら、四年。体感で"そのまま"覚えて帰ってくるかもしれません」
「そのまま……?」
「単純に言えば、『今この話』が浮田様にとっての『四年前』になるかも、ってことですよ」
「……」
「弥津彦も調整しますし、この程度なら実生活に影響はありませんけど、一応、念のため、です」

永愛の過不足ない補足に、浮田様は押し黙る。四年。その機会と期間を失った人間に、さらに今から四年、音大を視るだけで過ごすことになる、という宣告は余りに重い。
だが、ここで付け加えるべきは心配でも共感でもない。「迷うのは結構ですが」と尊重もしつつ、だけど余計な修飾をせず、俺の言える事実を告げる。

今だけですよ
「……今」
「俺の知ってる中で、こんな荒技を出来るアカシックスは他にいません。視覚型で、共感派生持ちで、こういう商売してる善良な野良のアカシックスなんて。断言しましょうか、この先絶対出逢えません」

自画自賛するようで落ち着かないが、こればかりは事実だから仕方ない。普通のアカシックスにしたって、普通に生きていれば一人会うか会わないか。その上このタイプで接続慣れしてリンクも出来て、しかも、その上……なんて、脅かしでもなんでもなく、本当に居ないんだ。はっきりと、希少なる要素を並べ立てて、最後の一押し。両手を差し伸べて、示す。これ以上は、もう何も言うまい。

「どうしますか。音大、行きますか、止めますか」

――果たして、一小節分の逡巡を経て、彼は俺の手を握った。俺より少しだけ高い彼の黒眼に、長い指に籠もる力に、決意が満ち満ちている。それでこそやりがいが、やる意味があるというものだ。見返して、軽く握り返し、接続を開始する。

「お願いします」
「えぇ。じゃあ、目を閉じて、ゆっくり息をして」

発動と同時に、ぴりぴりと目元に刺激のラインが走る。浮田様から、期待と恐怖、後悔と自嘲と希望と好奇心が多重層になって、多重奏になって伝わってくる。その撚れた感情の原点、ゆうさくくんとこいちゃんのブレた像が視える。

もっとだ。痺れはより静かに、だけど枝分かれするように広がっていく。痛みはない。現実の浮田様の後ろで、中学生の浮田少年が一心不乱にピアノに向かっている。少しずれて、高校生と小学生の浮田様が連弾を始めて……薄れていく。

これでいい。今回の“道標”は浮田様じゃない。

学ランの後ろ姿を見送りながら、合図を出す。ここからは四年間ノンストップだ。瞼の力を抜いて、気合いを入れる。

「じゃ、行きますよ」
「っ、はい!」

浮田様も覚悟は十分。両手を接点に伝わってくる。ここから先は、さらに俺が視るこの光景を、真実を彼と永愛へリンクさせていく。ひとつ、目元で痺れが脈打つ。

「……あれ?弥津彦、誰目線でやる気?」
「宇佐野恋」
「えっ」

永愛の驚きを小部屋に置きざりにして、俺たちはその日へ飛ぶ。真っ赤な、真っ赤な夕焼けを臨む、宇佐野恋の音大進学決意の日へ。


>>つづく>>

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