大天空大相撲取組帖 発機良揚―ハッキヨイ―【初日・一番目・夕羽 対 猛雲】
天高く力士肥ゆる秋。
令和元年九州場所初日の空は、十五日間の健闘を祝うに相応しい快晴だった。
大天空大相撲の会場である九州国際体育塔から響き渡る櫓太鼓は、福岡市の秋の風物詩。世界最大の自立型相撲塔である両国国技塔に高さでは劣るものの、街の熱気は負けていない。
市街にかかる九体塔の影も短くなった。
地上十階、満員の観衆が見守る中、夕羽関と猛雲関が睨み合う。
両者は各々のルーティンを執り行う。その中で腹を強く叩き、櫓太鼓に匹敵する腹太鼓を轟かせる。
力士が腹を叩く度、廻しが淡く光を帯びていく。夕羽は名の通りの紅色、猛雲は親方から継いだ空色。廻し内部の素粒力子加速器を明滅させ、俵の外の物理法則を置き去りにする瞬間を測っている。
果たして、何度瞬いたか。
「――ハァキヨイ!」
素粒力子過負荷光を帯びて双方が踏み出した。踏み込みの衝撃は、それだけで各階の風被り席を襲う突風となる。
だが、二人は激突していなかった。肉のぶつかる音も、衝突を力に変換する素粒力子加速廻しの閃光もない。
八艘翔びだ!
一直線に飛び込んできた猛雲をこそ置き去りに、夕羽は六階席相当まで到達する。猛雲は眼前から消えた相手を探し、左右、続いて後方の上下、そしてもう一度正面を見て……真上、まさに直上を見上げたときには既に遅かった。
垂墜華(すつうか)。
大天空百八手がひとつ「押さえ込み」の中でも、決死にして幻の突撃である。
急降下による出血と過剰発光する廻し、二つの紅を帯びた夕羽によって、猛雲は呆気なく土俵に沈んだ。行司が離陸する暇さえない、一瞬の決着だった。
本場所初日、幕内一番目に変化。しかし十二年ぶりの見事な垂墜華。
罵声と歓声のどちらかを決めかね、九体塔、そして全国の航空相撲ファンは、ただ息を呑んだ。
夕羽だけが、ただ静かにぎらついた目をしていた。
小兵力士と秋の空。
令和元年九州場所初日の空は、十五日間の死闘を呪うに相応しい暗雲に覆われつつあった。
【初日・結び・風見鶏 対 朝羽】に続く。
(本文800文字)