杏梨・繭

これはスマホ音ゲー「8 beat story!」の二次創作のなんかです。本家と一切関係がないし、読み込み不足で粗も多い。矛盾点もあるかもしれない。
いいね?

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よく晴れた冬の休日、杏梨に頼まれて、遠出してブランドショップや手芸店を巡った。新作やら、流行の先取りやら、古着の発掘やら、衣装の材料やら……。女の子一人で回るには骨が折れるコースだけに、文句どころか、役に立ててよかったと素直に思う。服を一式見繕われたときは、少々思うところがあったけど。そんなに俺のセンスは変だろうか。

その帰り道。ディナー(といってもファミレス程度)のあと、「最後にお願いがある」と言われた。普段と全く違う真剣な気配に断ることもできず、ナビ通りに車を走らせた。

「……到着したけど。どうしたっていうんだ」
「ごめんなさい。すこし、お話しがしたくて。昔話、付き合ってくれますか?」
「杏梨……?」

街を一望する山の中腹の公園。今日の終演に何かが始まる。

屋根とテーブルのあるベンチに並んで座る。自販機で買ったコーヒーは、俺が一口飲んだだけ。

「昔ね、小さいころ。天体観測が趣味だったんです。周りからは馬鹿にされてたんだけど。……この話は、前にもしましたっけ」

街の灯りは、冷たい風に吹き消されることなく、未だ煌めいている。一方で、公園の電灯はノイズ混じりだ。

「あの頃、わたしは今みたいにファッションに興味はなくて。教室の隅で空を見上げたり、本を読んだり……大人しい子だったわ。それでも、人並みに恋はしたの」

俺は『昔話』に口を挟まない。挟めない。

「ありきたりだけどね、クラスの一番カッコよかった子。いつもみんなの真ん中。それこそ、わたしなんか敵わないようなかわいい子もいる中の、まんなか。そんな子に恋をして、振られちゃった」

杏梨は薄く笑った。普段の明るさは、ない。

「……あの頃のわたしなりに、頑張ったんだけどね。星が好きなわたしは、小学校で企画された天体観測会が一番のチャンスだと思った。満天の星空の下で、完璧に振られちゃった」

光は消えていく。俺はつばを飲み込む。

「あの頃のわたしはまんまるで。今の私は過去を恥じてないし、あの日までは気にもしてなかったけれど。だけど、振られちゃってからは酷く、酷く醜く思えた」

声はだんだんと重くなる。杏梨は息を呑んだ。

「『ダサい』『根暗』『邪魔』『ブス』……先生は、私のこと、そう思いますか?」

杏梨の声が震えている。横顔は街の灯りをみている。夜空を見上げていない。沈んだ彼女を励まそうと、精いっぱいの言葉を選ぶ。

「思うわけないだろう。お前みたいな……あー、美人に、さ」
「……ふふ。カワイイ」

顔が赤くなっているのが、自分でもわかる。自分で言ったくせに気恥ずかしくて、つい目を逸らしてしまって、杏梨にこの顔を見られているかはわからない。

「嬉しいですわ、先生。……でもね、あの夜からの私は、ずっとそう言われてきた。……聞こえなかっただけで、あの夜までも、言われてたのかなぁ…?」

そして、空気は変わらない。冷たい風が頬を撫でた。

「教室のすべてを、恨んだ」
「世界のすべてを、憎んだ」

視線の下降も同じく、止まらない。

「小学生って、本当に残酷でね。心がまっくらになるまで、そんなに時間はかからなかった」

そこで、言葉と顔が俺に向く。

「先生はうちの学園で先生をしてるから、実感はないかしら。小学校なんて、本当にあちこち忙しくてね。私一人のピンチなんて、気付いてもらえないのも仕方ないくらい」

諦めるように言いきって、だけど次の一瞬、表情の強張りが緩む。

「……ううん。きっと、先生(あなた)なら助けてくれたのかな」
「わたしが、不登校になる前に」

再び、すぐに悲しみに染まる。

まるで、記録を読み上げるように。

「まずは、彼。というより、彼の周りの子たち」

まるで、他人事のように。

「中心が『そう』なったらね、他の子が流されるのも早かった」

まるで、解説を入れるように。

「目立たない子、隅っこの子って、それはそれでグループを作るものだけど、その友達もひとり、ひとり」

まさに、自分自身の過去を。

「最後の一人に目を逸らされた翌朝、わたしは着替えることが出来なかった」

杏梨は語る。

「冬休みになるまで」
「新学期になったら」
「学年が上がったら」

「そう思って、わたしは一年以上を家の中で過ごした」

杏梨は細く息を吐いて、文字通り空気を入れ替えた。語るエピソードも上向きになる。

「何もしなかったわけじゃないわ。恨んで、憎んで、苦しんで……桜が散って。変わらないといけないと思った」

「心に刺さってた棘を抜くために」
「心を撃ち抜く弓矢になるために」
「二度と目を逸らされないために」

「綺麗に、美しく、セクシーに、なろうと思った」

けれど、些細なことだった。言葉が包み込む全ては、残酷な温度。
俺は、どうすればいい。

「まずはエクササイズから。少しずつ、少しずつ。寝込んでたこともあって本当に苦しかったけど、やめるわけにはいかなかった。次に、美容の勉強をして、最後にファッションを学んだ」

過去の再起を語るのに、語気に感情は感じられない。懐かしむ気持ちを微かに含みつつも、だけど、遠い。

「家に籠って成長して、糸を編むわたしはお蚕様みたいだって、家族に言われました」

小さく笑って。

「その全てが、真っ暗な感情だった」

すぐに硬くなる。暗く、暗く。

「体重を減らすようには、恨み言は減っていかなかった」
「わたしが受け入れられなかったのは、可愛くなかったからだ」
「可愛ければ全てが赦される、なんて、怖いこと考えてましたわ。あの頃は」

「……今は?」

添えられた一言に、思わず返してしまう。

「……思ってたら、どうします?せんせ?」

不安定な光の中でこちらをのぞき込む彼女は、その全てが恐ろしく、危うく、美しい。彩りの中で歌い踊る花とは似ても似つかない。

「一年間と少しを過ごして、やっと外に出たときは、また桜の季節だったわ。小学校まで送ってもらった車から降りるときの怖さは、今も覚えてる」

俺をからかって少しは気が晴れたのだろうか?それとも、本格的な再起の場面だからだろうか。いくらか調子が上向いているように感じる。

「校門を潜って、視線が向けられた瞬間。卒業式が終わって写真を撮られる瞬間」

俺も安心して、コーヒーを含む。やっと飲んだ二口目は、もう熱々ではない。

「彼が言い寄ってきたとき。友達だった子が謝ってきたとき。一番に私をからかった女の子が、バツが悪そうに目を逸らしたとき」

「『あぁ、かわいいって素晴らしい』って、素直にそう思ってしまいました」

思って「しまった」。その真意を問い質す間もなく、回顧は続く。

「……おかしいですよね。友達が謝ってきたなら、綺麗とか関係なく仲直りすればいいのに。わたしは、目を逸らされないように綺麗になりたかったのに。しあわせになりたかったのに」

その艶やかな唇は、引きつり震えていた。

「あの頃のワタシは、おかしくなっていました」

彼女のコーヒーは、まだ開けられてすらいない。苦く、黒い過去が、また新たに開封される。

「中学に入ってからは、もっと酷かったんです」

訥々と、昔話は続く。

「ワタシの過去を知らない男の子の視線を集めて、ワタシの努力を知らない女の子の上に立って。……わたしを貶めた子みたいになってました。もちろん、積極的に誰かをからかったりはしなかったわ」

苦し紛れの弁明、と呼ぶには、あまりにも弱弱しい。

「だけど」

そして絶え間なく、自責が続く。

「昔のわたしみたいな子を見つけては、我が物顔でアドバイスなんかして……」

重すぎる言葉は、俺には肩代わりの出来ない断罪。

「とても傲慢で、とても罪深い。私が唯一恥じるなら、あの頃。セクシーさを武器にして、カワイイを振りかざして、綺麗を正義にしていた中学……あの、三年間」

震える彼女に、何も言えない。杏梨が過去を恥じるなら、俺は今を恥じる。

「……ごめんなさい。あの頃の話は、省略していいかしら」

俺の手の中で缶が凹んだ。それだけ。

「音の杜学園に入って、LIVEバトルの存在を知ってから、すぐにのめり込みました」

少しの沈黙とコーヒーの一口目を挟んで、杏梨は再び語りだす。

「綺麗な衣装で、キラキラのステージで、まさにアイドル。『あぁ、これはワタシのためにある!』って、本気で思ったわ。……負け続けて不貞腐れるまでは」

比較的近い敗北の記憶。それでも心なしか声色は明るくなったのは、仕切り直しのためではなさそうだ。

「そんな時、彩芽に出会いました。出会ったのはもっと前だったんだけど、初めてちゃんと話したというか。投げ出そうとしたときに、思い切り叱られちゃって」

仲間の記憶は、彼女に光を灯している。

「『あぁ、この子は自分の基準で生きているんだ』って、そう思いました」
「自分の基準?」
「そう。一番とか勝ち負けとか、そういうのは他の人次第だけど、『一番を目指すんだーっ』って言えるのは、彩芽の基準で、強さだと思うの。そんな不器用なまっすぐさを見てたら、はっとしちゃって」

彼女の小さな笑い声は、この公園に来てから、初めて明るい。

「ワタシは、その瞬間まで『綺麗であること』を正しいと思ってました。綺麗になって、みんなに持て囃されるセクシーな杏梨ちゃんには……何も、なかった」

調子の軽さは虚無を語る故の自棄でない。

「自分を褒めてくれた男の子も、女の子も、進学で別れたらそれまで。それ以前でも、どうだったのかな。中学時代、ワタシを好きになってくれた男の子も、男の人も、みんな『綺麗なワタシ』を見ていた」

冷たい風は、いつの間にか止んでいた。

「みんな、日々努力をするワタシじゃなく。服のデザイン研究するワタシじゃなく。完成品のワタシを見てた。ワタシも、それでいいと思ってた。結果のキレイがあるからいい、って」

ふっと、呆れるように言葉から力が抜けた。

「『綺麗なワタシ』を盾にしてた。……まだ繭に籠ってたんです」

とん、と足で拍子を打って。

「ワタシは、思い出しました。あの星を見上げてた日を。可愛くなくて、綺麗じゃなくて、星について知ることが出来ただけで嬉しかったころ。家族や友達に、物知りだね、勉強家だねって褒められたのが嬉しかったころ」

眼差しは、まっすぐ。

「だから私は、誇れる自分になろうって思いました。月並みな言い方ですけど、『内面まで綺麗に』って、ね」

震えは一切ない。

「『綺麗なワタシ』じゃない。『綺麗であろうとする私のすべて』に自信を持てるように」

「その割に、俺をからかうのはどうなんだろう。慎ましくしろとか、口煩く言う気はないけど。そういうのは、『綺麗なワタシを振りかざす』ようなことじゃないのか?」

コーヒーを傾けながら訊いた俺に、批難がましい目。お互い少しは楽になったようだ。

「……せんせ、鈍いのね」
「何が」
「先生だけ、っていつも言ってるじゃない」

それとこれでは微妙に回答になっていない気がする。悩む俺に、助け船。

「正直、先生って頼りない方だと思ってます」
「……これも聞き飽きた」

助け船じゃないな?これ。

「頼りないって、いっぱいいっぱいってことでしょう?それって、一生懸命だからじゃない」

出来の悪い生徒を彼女は優しく諭す。

「……助けてくれなかったあの頃の先生を恨むわけでも、言い寄ってきた人を否定するわけでもないけれど」
「一生懸命に全員を、内面を見ようとしてくれてる先生は、素敵よ」

その瞳は、まっすぐに俺を映していて。

「だから、安心して近くにいられるの。安心してからかえるの。あなたは、外見やセクシーさだけに気を取られないってわかってるから」

艶やかな唇は、優しく弧を描いていた。

お互いにコーヒーを飲み干した。空き缶をきちんとゴミ箱に捨てる、その道中。

「聞いてもいいか?なんで、昔話を」
「えぇ。……もう卒業も近いじゃない?」

冷たい夜の中で、どんな表情をしているのだろう?三歩後ろの杏梨を、俺は振り返らずに応える。

「そうだな。早いもんだ」
「お別れが寂しいなんて、思えば初めてなの。だから、話しておきたくて」

自販機の隣のゴミ箱の中へ、二つの空き缶は孤独に落ちる。先客はなく、響く音も控えめだ。杏梨を邪魔しないかのように。

「先生から見て、どう?こんな私は、誇れる教え子かしら」
「大して教えたこともないんだけどなぁ」
「答えて」

真剣な声、切迫した想いを向けられて、振り向けば、それにふさわしい表情。俺も、同じく真摯に答える。

「……その年で過去をちゃんと整理できるのは、すごいと思う。自分の言った通りに……外見も、中身も綺麗な女性だ」

つらつらと言ってはみたが、結局のところ言うべきことはひとつ。言いたいことはひとつ。

「俺は、姫咲杏梨を誇りに思うよ」

シンプルな言葉を、彼女に捧げる。

「……ありがと」
「言った傍からくっつくんじゃない!」
「……ちょっとだけ」
「はいはい」

押し殺した泣き声は、指摘しないでおく。その代わり、俺の心臓の音も黙っていてもらおう。

結局、何も、抱きしめることもできないままの数分が過ぎた。だけど、それでいい。俺は教師で、彼氏ではないんだから。

「さぁ、もう帰ろう。寮の門限は……俺がなんとかするから」
「……せんせ、もう少しだけ」

コートの裾を軽く引き留められた。しおらしさに不意を突かれてしまう。

「まだ何かあるのか?」
「空、見て」

言われるままに見れば、雲一つない空が広がっていた。気が付けば街の明かりは失せ、山の中腹から見える景色の大半は純粋な闇だった。その黒を彩る、光、光、光。

「綺麗でしょ」

見上げた世界を駆け抜ける流星群は、静かに尾を引いて、儚く消えていく。

「何年ぶりかな。六、七年、かな。……今夜はありがとう。おかげで、いい思い出で塗り替えられたわ」

どうやら、ここが『あの夜』の会場だったらしい。それにしても。

「彩芽とか、後輩とでもよかっただろう」
「もう、デリカシーなさすぎ。他の女の子の話なんて」
「……ごめん」

やっぱり俺の方が生徒なんじゃないだろうか。そう思わずにはいられない。

「よろしい。……あぁ、本当にきれい」
「……だな」

これ以上、言葉も、詩も、いらない。暗黒が、輝きで満ちる。

エンジンがかかり、暖房が動く。独特の鼻につく匂いが漂った。

「本当に帰るぞ」
「せっかく外泊許可、とったのになぁ」
「馬鹿言うな。帰れる距離で生徒を帰さない教師がいますか」
「……じゃ、一年後ならいいの?今度は、一晩じっくり……」
「なっ!お前、それ、どういう!」
「冗談で~す!うふふ、やっぱりせんせ、かわいい」

(……半年後、かな。夏の流星群、一緒に見てくれますか?____さん)
(一年なんて、冗談でも待てないもの)

その蚕は、蛾と呼ぶには美しすぎた。

繭を出た悪女は、一人の少女。

まだ無邪気で、とは言えない。

けれど、秘めて咲くには、まだ幼い。


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(後日追記)
何だって書いた2週間後に公式で過去話配信するかなぁ
タイミングがすごい!

Twitterとかマシュマロ(https://marshmallow-qa.com/A01takanash1)とかで感想頂けるだけでも嬉しいです。 サポートいただけるともっと・とってもうれしいです。