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アカシック・カフェ【4 現実と幻想のクリスマス・アカシックス】

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からんがらんからんがらん。いつもよりも多い、いや手加減なく言えばうるさいドアベルの音が響き、新たなお客だ。
12月初頭から付けっぱなしにしていた特別なベルは、景気がいいからと聖夜が終わってもそのままにしていたのだが、流石に年を越す前には外さないとだよな……。門松とか鏡餅の置物も出さないと。

「いらっしゃい……って、なんだお前らか」
「あれ、二人ともいらっしゃい」

店長の俺も、バイトの永愛も、入店した二人連れを見て一気に気を緩める。そんな店側の態度に、二人組の女子高生のうち、背の高い方が抗議する。冬休みでエネルギーが有り余ってるのか、いつも以上に長身が跳ねる。だのに、その癖横幅は細いから視界占有率はそれほど高くない……恐ろしい子。

「なんだとはなーに、やっちー!」
「いや、歓迎するぞ。今は空いてるから、課題ゆっくりやってけ」
「……痛いところを突くよね。永愛ちにはサンタ服着せてたのに」
「サンタ服は本人が勝手に仕入れて来たんだよ……」
「……私たちは無関係だよ」
「知ってる……」

シュウカの反撃に、俺はわざとらしいため息をついて応じる。アカシックスの弟子としての永愛はともかく、女子高生バイトとしての永愛は俺には止められない。あいつ、学校から帰ってきてクリスマスの飾りを見るや否や、小遣いをやり繰りしてサンタ服を発注しやがった。メッセージアプリでも弄ってるのかと思ったら通販だった、なんて想像できるか。
届いた衣装は本格的で、客受けは上々。ファーつきで抜け毛がコーヒーに浮くとかもなく、あからさまなミニスカとかじゃない点もよかったんだが、そうは言ってもご婦人方への説明は必須。俺が言っても仕方がなくて、毎回本人から事情を説明させないといけないのは面倒だったな……。

「私もここに置いてもらってるんだから、ちゃんと働くの」
「永愛ちは真面目だねー。せっかくの冬休みなのに」
「そうそう。弥津彦さんも、あたしと出掛けてほしいなー」
「え、二人ともそういう……?」

赤みがかった髪をかき上げて妖しく笑むは、一足先にいつものテーブルを陣取るハヅホ。永愛はお冷をテーブルに置いた姿勢のまま真に受けて硬直している。ぎしりぎしりと首元から軋む音が聞こえるほどだ。
ハヅホは、夏ごろに文化祭の準備を手伝って以来、妙に俺に懐いた気がする。過去を断片的かつ不本意とはいえ視てしまったはずみに、何かしらの彼女の琴線に触れる言葉を言ってしまったらしい。彼女の人生に苦労を生んできた赤毛を、真面に肯定されれば多少はそういう懐き方もするもんだろう。……俺が師匠に一瞬、本当に一瞬、長く考えても数日間だけ抱いた感情と同じだと思う。恋慕ではなく憧れだ。
まぁ、この「思う」っていうのも、所詮はそう思っているだけの傲慢、あるいはそうであってほしいという希望でしかないんだが。俺の両眼と魂に宿る全知の異能は、そんな答え合わせのために使っちゃいけないものだ。真相は明かされない、明かさない、明かしちゃいけない。

……あぁ、明かしちゃいけない、と言えば。

「そういえば永愛ちはさ、クリスマスは何もらったの?」
「えーとね、弥津彦からはマフラー」
「弥津彦さんから『は』?」
「うん、もうひとつあるんだ」

首をひねるシュウカとハヅホに、永愛はご満悦といった表情。
俺と永愛の関係は、対外的には「長らく入院していた天涯孤独の永愛を遠い親戚の俺が引き取った」ことになっている。両親はすでに鬼籍に入っている、という設定上、この場合俺以外のサンタ役候補はまずいない。
となれば、女子高生二人は謎の人物にぐんぐん食いつく。

「ふむ……やっちー以外というと……お客さん、ではないよね」
「……サンタさんから?」
「正解!」
「ほぉー……!」

人差し指を額につけ一歩ずつ進めるシュウカと対して、一手で詰めるハヅホ。明察の女子高生たちに、ご満悦の表情で答える永愛。いつの間にかお客に回って、それどころか、いつの間にやら課題まで持ち込んで広げている。こいつ……客がいないから今は別にいいけど……こいつ。

……そう、サンタさんから、なんだよな。俺からはマフラー。もうひとつは……知らない。敢えて聞いていないが、本人も満足しているから、きっといいものなのだろう。

俺は受けたオーダーを淹れつつ、三人娘を遠目に見ながら、少しだけ、過去に立ち戻る。
明かしてはいけないクリスマスの真実の一端を、俺が知った日。

この町には、サンタがいる。

「やぁ弥津彦くん、メリークリスマス」
「おはよう、マスター。……メリー、クリスマス」

今の永愛たちより少し年上だった俺は、紆余曲折の末にこの喫茶店に住み込んでいた。アカシックスとしての師匠を得て、その師匠夫妻の下、高校生をやったり、喫茶店のいろはを学んだり、全知を知ったりしていた。

その日は、俺が喫茶がぁでんに住んで初めてのクリスマス。聖なる日だけど、俺は――そこに至るまでの地元での環境もあり――大した思い入れもなかった。そんな俺の過去の事情も、今朝の枕元の事情もすべて見抜いているように、マスターは開店準備をしながらこちらを見ずに問う。
小さな店とはいえ、ほとんど一人で回していたんだから凄いんだよな。俺もようやくその域に辿り着いたが、それはマスターの指導あってのこと、だ。

「どう? クリスマスプレゼント、良いものがあったかい?」
「……あぁ、まぁ」
「いい子にしてたからねぇ、弥津彦くん」
「いい子、って年でもないんですけど」
「はっは、いい子は自分でいい子とは名乗らないからね」

マスターはいつも朗らかな人だった。目を細めて穏やかに笑う姿は、技量を高めた今も俺が辿り着けていない喫茶店のマスターとしての理想形だ。俺とマスターは根っこの性格が違うから、完全になぞることはできないと分かっているが、心構えとして、あの暖かい雰囲気に近づきたいとは思っている。

「……あれ、師匠は?」
「幸唄はまだ寝てるよ」
「……珍しい」

真庭幸唄。俺のアカシックスとしての師匠。表の顔は占い師であり、自称・人類史上トップクラスのアカシックスであり、違法にして国家黙認の民間全知エージェント。「己の弱点は、初見ではまず正解されない『こうた』の読みだけ」と豪語する女傑。あるいは女怪。

実際は、普通に弱点は多かったんだが、エージェントとしては完璧だった。

全知の異能をフルに使用できるメンタル強度。膨大な情報量を「映像」として投影する異例の五感派生「アカシックシアター」。さらにその「映像」を「人形劇」や「水晶に映る影」として出力する調整能力。俺のように「直接他人を全知に接続させる」共感派生も持ち合わせているんだから恐ろしいものだった。

また、エージェントとしては和やかに笑い客を過剰に緊張させないコミュニケーション能力。その逆に決断を迫り、現実を突きつける無慈悲さ。そういう手練手管を、手練手管としておくびにも出さずに立ち回る『喫茶店の占い師』としての顔。

この師匠には、当時はおろか今もまだ、エージェントとしてもアカシックスとしても、さらには「師匠」としても追いつけていない気がする。
一人の人間としてはよほど真面に育ったことは確信してんだけどな。

さて、師匠は、こういったイベントごとには参加するタイプだ。手加減なく、躊躇なく、容赦なく、後悔なく日々を生きるんだ、と穏やかで落ち着いたマスターを、そして思春期をこじらせた俺を振り回して、幸せな在り方を謳っていた。

その師匠が、クリスマスに寝坊?

「そんな馬鹿な」
「まぁ、仕方ないさ。幸唄はこの町のサンタだからね」

俺が首を傾げていると、朗らかに、平然と、マスターは言った。

「……はぁ?」
「本当さ。君のプレゼントも、サンタからだろう」
「……いや、これは師匠かマスターが」
「じゃあ、視てみるかい? その眼で」

こうして挑発するときでさえ、マスターは穏やかに笑う。というより、本人は挑発をしているという意図や自覚すらないのかもしれない。マスターはアカシックスではないけれど、少なくとも俺よりはモノを知っているし、何か底知れないものがある感じがする。そういう余裕があった。

「あぁ、やってやりましょうよ」

あの頃の俺は、逆に全くそういう余裕がなかったんだよな……。
誘導に綺麗に従って、椅子に座って手のひらで目を覆う。まだ未熟だった俺は目を開けたまま全知を視ることも、「悟り」だけを使って全知に接続することもできなかった。
バチバチと、瞼に痺れが走る。目の前が完全な暗転から、夜の暗闇になっていく。視えるのは俺の寝姿。動きとしての変化は寝返り程度、俺は呑気に寝ている。

――そして、時計の二つの針が頂点を指したころ。俺の枕元に、何か陽炎めいた揺らぎが生じた。そのぼんやりとした揺らめきは、赤と白を基調に像を結んで……。

老人、が、袋から、プレゼントを――

「あァ!?」
「うわビックリした。弥津彦ちゃん、その大声と一緒に戻ってくる癖やめた方がいいわよ」
「……師、匠」

高速で瞬きを繰り返す俺の目の前には、コーヒーカップを二人分、俺と自分の分を持った師匠がいた。長い髪を肩の高さで緩くまとめるリボンは、赤ベースに緑でクリスマスカラーだった。夜の闇を視ていた俺には鮮烈で、思わず目を逸らしながら瞬きが加速する。
……己の弟子もこのくらいの、例えばヘアピンなりエプロンなりでクリスマス要素を拾って満足してくれればよかったのに。なんて思うことになるなんて、あの頃は欠片も予想してなかったな。

「どした? お化けでも視たような顔して?」
「……ある意味お化けみたいなもんだけど」

そこから、俺はコーヒーを啜りながらひとつひとつ説明をした。どう形容してもサンタとしか言いようのない老人が視えたこと。俺に視えたということは真実であること。けれど、人外、精霊としてのサンタは人間の信仰の中にしかいないはずだということ。

師匠は、俺の話を聞くにつれ事態を理解し、にやりにやりと笑みを深めていった。

「……どうしたんです」
「ン、別にぃ。……ま、そのうち『本当のこと』を教えてあげよう。それが私からのクリスマスプレゼント、だよ」
「……んん? 師匠がサンタってことですか?」
「そうかもしれない、そうじゃないかもしれない。クリスマスは秘密ばっかりなのよ。……明かしていいもの、明かしちゃいけないこと、アカシックスには色々あるのよ」

にんまりと勿体ぶって、師匠はコーヒーをぐいと飲み干し、たんと立ち上がった。

「さァ、開店の時間よ。弥津彦ちゃんも、宿題しないんだったら店手伝いなさーい、ね?」

カップを受け取ろうとするマスターを断り、優雅に、ミステリアスに踊るように洗い場に入る姿は、黒髪とリボンとスカートが揺れて、老人の精霊というよりは少女の妖精のようだった。

カフェラテが三つ、仕上がった。

結局、それから数年、師匠は『サンタのいる町の本当のこと』を教えてくれなかった。
それは神秘の秘奥、あるいは親心のために黙っていたわけじゃなく、裏稼業の跡を継ぐときの申し送り事項として伝えられた。いわば企業秘密みたいなものだったからだ。
それを知ったのは、俺を一人前と認めて二人が旅へ出る直前。それくらいに、大変な秘密だった。

していること自体は、種を明かしてしまえば簡単な話。
アカシックスとしての真庭幸唄の能力、『アカシックシアター』の能力は、自分の視た全知を……言い換えれば、過去にあった任意のシーンを現実に映し出す摩訶不思議な能力。
その彼女を以てすれば、この町の全ての子供の下に『枕元に現れるサンタ』を生み出すことが出来る。
「サンタのヴィジョンがあったということ」自体は事実だから、俺みたいにアカシックスの子供がその瞬間をサーチしても、「そこにサンタがいた」ということがわかるだけ……という寸法だ。気合を入れて奥まで探れば「そのサンタは幻影である」ということも分かろうが、普通はそこで驚いて接続を切ってしまう。同じく、俺のように、だ。

「……でも、言うのと実際にやるのとじゃ大違いなんだよな」

そう、このアカシック・サンタ、メルヘンな慈善事業のようで問題点が二つ存在する。

アカシックシアター真庭幸唄の能力ありきであること。俺は共感派生で「自分の視た全知を他人にも視せる」ことが出来るが、それをちゃんとした精度でやるには接触なり、相手のリラックスなりが必要だ。まぁ、リラックスの点で言えば相手は寝ているから多少は楽なんだけど、焼け石に水。

アカシック・サンタを町中の子供に対して行うのは、ハッキリ言って超高難易度だ。町中の子供を把握。その子たちの就寝状態を把握。寝ている子には夢の形で像を視せて消し、起きた子には一瞬だけ視せて消し。サンタを観ようと夜更かしする子には瞬間的な陽炎を出し、普通に夜更かしする悪ガキにはどこかの国の黒いサンタを視せる、など適切な発動を要求される。それを、家から一歩も出ずに行うのである。

真庭幸唄というアカシックスの規格外ぶりをもってしても朝寝坊は致し方ない、と言うべきか、朝寝坊程度で実行できる真庭幸唄は本当に人類史上最高のアカシックスだと言うべきか。

兎に角、俺は師匠の稼業を、裏も、裏の裏も継いだ。かくして、俺は毎年師匠の偉大さを思い知らされるのだった。

「サンタ、かぁ。永愛ちのところはまだ来るんだね」
「シューちゃんのところは来なかったの?」
「昔はウチにも来たんだけどねぇ。何年か前に来なくなっちゃった」
「あたしのところもそんな感じ。まぁ、大人扱いになったのかな」
「近所の子もだいたいそんな感じなんだよね」

大きな問題の二つ目は、人の家の事情に勝手に足を突っ込んでいることだ。だいたい、民間でのアカシックスの勝手な全知の接続は法で禁じられているのに、各世帯の子供を把握、掌握、その上真実を教えるどころか、現実を虚構で塗り変えているようなものである。

初めてこのサンタ行為を知ったとき、俺は心底肝を冷やした。あぁ、我が師匠は何でもありの女傑だと思っていたが、ここまで何でもありなのかと。どちらかと言えば、やっていることの難易度よりも、法的な意味でのデンジャラスさでドン引きしたものだった。

……けれども。

「懐かしいよね。夢にサンタさんが出てきたりしてね」
「ね。それを覚えてるんだろうね……。男子も女子も、ちょっとおとなしくなったりしてね」
「わかるー!」

師匠がそうやって魅せた幻は、確かにこの町に息づいていた。子供たちの夢とか、希望とか、平和のためになっていた。そう言われたら、「相当しんどいし、法的にもヤバいから、継がなくていいよ、弥津彦ちゃん」なんて言われても、サンタになる以外なかった。

アカシックスは、明かすだけじゃない。明かしちゃいけないものもあれば、新たに創るものもある。師匠に救われた俺が、それを継ぐのは当然だった。

「ほい、お待たせ。カフェラテみっつ。あとクッキーな」
「……あれ。弥津彦さん、ネックレスなんて付けてたっけ」
「あぁ、これか。……サンタにもらった」
「……やっちーのところに来たのに、私のところにこないの……!?」

分かりやすくガタガタ震えるシュウカに、あの日のマスターのように穏やかに笑みながら「課題進めたら来るんじゃねぇの」とだけ言っておく。

そう、俺は俺に課した課題をこなした。喫茶店店主、裏エージェント、永愛の師匠。なんとか、不格好だけどこの一年もやってきた。だから来てくれたんだよな、サンタさん。

……でも、合い鍵を勝手に使って、夜中のうちに入って出ていくのはどうかと思います。
先代のサンタに送信しておいたメッセージには、「パーティに招待してくれるなら、喜んで正面からメリークリスマス」なんて笑う、二人の動画メッセージが届いていた。

||4話 現実と幻想のクリスマス・アカシックス・おわり||

<<3.5

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