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虎と馬の獣医さん(忘れられない恋物語):03
目が覚めた時には、いつものように自分の部屋にいた。
上半身に鈍い重みを感じ、記憶が少しずつ戻ってくる。
覚えているのは、駅近く、焼き鳥屋のカウンター。
メガサイズのハイボールをお代わりしたばかりだった。
綾菜ちゃんの長い髪の向こうには、サラリーマンの風貌の若い男の人。
こんなに真剣に話し込まなければ、彼をナンパできるのに。
そのほうが、綾菜ちゃんの出会いを増やすことができるのに。
ヨコシマな心を振り払い、綾菜ちゃんの語る言葉に意識を戻す。
綾菜ちゃんには、今、出会いよりもマシンガントークだ。
「わたしは、妊娠する必要があるの」
そういいながら、額や頬にできた赤い炎症を指差す。
「ホルモンの影響だと、医者に言われた」
わたしは、心の中で、更年期の症状なのかな、と思っていた。
「妊娠やセックスは、美しくいるための治療法のひとつなの」
綾菜ちゃんは続ける。
なにも、間違っているとは思わない。
妊娠したいという気持ちを満たせずに、体が悲鳴をあげている。
綾菜ちゃんにとって大切なのは、体の関係を持てる(ファッカブル)か、気持ち悪い(ノット・ファッカブル)が基準だという。
外国の暮らしが長かった綾菜ちゃんには、日本語で自分の気持ちを素直に表現ができないことがある。
一生懸命、強がりながら、仕事をこなして、一人で戦ってきたんだ。
わたしは、つい、綾菜ちゃんの肩に手を置きながら
「大丈夫だよ、何があっても、対処できる」
と伝えていた。
綾菜ちゃんは、酔いが回ったのか、半分泣きそうに潤んだ目でこちらを見ていた。
人一倍に努力してきたことに歯を食いしばってきた女性の、不安な思い。
わたし自身が、長い間、自分にかけてきた呪文だと思う。
「年下の彼を、十分に可愛がってあげよう」
ほろ酔いのまま、二人で、恋愛についての思いを語り合いながら
木枯しの吹く街で、イルミネーションを巡り歩いた。