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東京オリンピックの開会宣言の文言について

コロナ禍のなか、半ば無理やりといっていいような状態で開催された東京オリンピックでしたが、その開会式で、天皇陛下が

「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」

と開会宣言されました。

この開会宣言のフォーマットはIOCのOlympic Charterで厳密に定められており、

https://stillmed.olympic.org/media/Document%20Library/OlympicOrg/General/EN-Olympic-Charter.pdf

55 Opening and closing ceremonies
3. The Olympic Games shall be proclaimed open by the Head of State of the country of the host by pronouncing either of the following sentences as the case may be:
– if at the opening of the Games of the Olympiad:
“I declare open the Games of ... (name of the host) celebrating the ... (number of the Olympiad) ... Olympiad of the modern era.”
– If at the opening of the Olympic Winter Games:
“I declare open the ... (number of the Olympic Winter Games) Olympic Winter Games of ... (name of the host).”

第55条 開閉会式
3.オリンピック大会は、開催国の国家元首によって、以下の文のいずれかを場合に応じて読み上げることにより、開会を宣言されるものとする。
– オリンピアードの大会の開会における場合
“I declare open the Games of ... (name of the host) celebrating the ... (number of the Olympiad) ... Olympiad of the modern era.”
– オリンピック冬季大会の開会における場合
“I declare open the ... (number of the Olympic Winter Games) Olympic Winter Games of ... (name of the host).”

と規定されています。

今回の東京大会は「オリンピアードの大会」に該当するので、

“I declare open the Games of Tokyo celebrating the 32nd Olympiad of the modern era.”

のほうを、開催国の言語(日本語)で読み上げることになります。

ここで、

I declare open the Games of Tokyo

という表現が出てきています。これは、普通は

I declare the Games of Tokyo (to be) open
(私は東京大会が開会することを宣言します)

という、S+V+O+Cの構文(主語はI、動詞はdeclare、目的語はthe Games of Tokyo、補語としてto be open)になりますが、儀式などでのフォーマルな言い方として、(to be) openを目的語の前にもってきて、

I declare (to be) open the Games of Tokyo

という表現が使われます。

うしろの、celebrating the 32nd Olympiad of the modern eraという句は、通常は副詞句と解釈し、

I declare open the Games of Tokyo, celebrating the 32nd Olympiad of the modern era.

のように分詞構文と考えて、

「私は、第32回近代オリンピアードを祝い、東京大会の開会を宣言します」

のように訳すのが普通です。現に、1964年の東京オリンピックの開会式の時の昭和天皇の開会宣言は

「第18回近代オリンピアードを祝い、ここにオリンピック東京大会の開会を宣言します」

というものでした。

ところが、未だおさまらぬコロナ禍で医療従事者を中心に大変な状態のなか、オリンピックの開催自体に国民全体から疑問を持たれていた状況にあって、「祝う」という言葉を使うのはいかがなものか、という議論がありました。

そこで、この「celebrate」という単語の定義を調べてみると、

celebrate
他動
1. 〔誕生日・特別な出来事などを〕祝う、祝賀する、記念する

と書かれています。

その中から、お祝いの要素の薄い「記念する」という言葉を選び出したのだと思われます。

ここで、全体の文を分詞構文と解釈すると、副詞句celebrating the 32nd Olympiad of the modern eraの「celebrating」の意味上の主語は、I(私)になります。「celebrating」が「祝う」なら、「私が祝う」という日本語は何もおかしくありませんが、「celebrating」に「記念する」という訳語を当てはめた瞬間、「私が記念する」という、変な日本語になってしまいます。

そこで、このcelebrating the 32nd Olympiad of the modern eraを、副詞句ではなく、形容詞句と解釈し、先行詞the Games of Tokyoにかかる、つまり「celebrating」の意味上の主語はthe Games of Tokyoである、という解釈にしたのです。これであれば、「東京大会が第32回近代オリンピアードを記念する」ということになり、意味が通ります。

つまり、この文を分詞構文ではなく、単に

I declare open the Games of Tokyo which celebrate the 32nd Olympiad of the modern era.

と解釈したのです。

かくして、冒頭にあげたような

「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」

という開会宣言となったのでした。

かなり無理があると言えなくもないですが、コロナ禍を踏まえ、少しでも国民の理解を得ようとした苦心のあとがうかがえますね。

ちなみに、オリンピックの開会宣言の文言は、上記で言ったようにOlympic Charterで決められており、勝手に変えてはいけないことになっています。とはいえ、実際には必ずしもフォーマット通りというわけではなく、過去には英語圏の開催国の宣言であっても、フォーマットから少し変えて

Celebrating the XXIII Olympiad of the modern era, I declare open the Olympic Games of Los Angeles. ーレーガン米大統領(1984年ロサンゼルス大会)

と言ったこともあります。これなら、「celebrating the *** Olympiad of the modern era」は副詞句で、分詞構文になることが明白ですね。

ところで、

では、1964年大会の昭和天皇の開会宣言はJOCの誤訳である、と断じているようですが、「celebrating the *** Olympiad of the modern era」を副詞句と解釈すれば、JOCの和訳は誤訳とはいえないと筆者は考えます。

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