舞台の上から叫びたいことがある。
忘れられた蝶
花柄の傘が向かいの手すりにかかっている。持ち主が置き忘れてしまったのだろう。座席は若い青葉の色をしていて、淡いブルーグレーの傘は花にとまる蝶のように見えた。
ときどき、日常のなかに夢のような風景が立ちあらわれる。即興で描かれ、すぐに掻き消えてしまう画たち。私はそれを見つけることがだいすきだ。タイミングが合えば、スマホやミラーレスカメラを使って写真におさめることもある。
そういえば、バイトして初めての大きな買い物はカメラだった。Canonのミラーレス一眼。白くてつるっとした愛らしいやつだ。
捨てられない紙束でいっぱいの机、友だちの笑顔、突如あらわれる美しい風景。何気ない瞬間の記録だ。見ると撮ったときと同じ感情が湧きあがる。映っているのは、そのときそれを美しいと感じた私の心だった。スマホより、ミラーレスのほうが自分の心をくっきりと映せる気がしていた。
何かを見て、心を動かすことがずっとすきだった。自分は見る側の人間であると思ってきた。最近になって、私もそのような眼差しを受ける存在になりたいと思いはじめた。日常のなかにふとあらわれる美しい生き物に。
キラキラを浴びた夜
昨年の7月、初めてアイドルをすきになった。命いっぱいに歌い、踊り、泣いて、笑う生き物だ。
キラキラしていた。見た目のことではない。彼らの全身から、喜びが迸っているのを感じたのだ。
その頃の私は、わりと散々だった。4年付き合った相手に別れを告げて3ヶ月ほどが経っていた。別れたあとに暴言を吐かれて、すべての連絡手段を絶った。
職場環境の悪化が止まらず、プレッシャーに心を擦り減らして2年と少し。駅から会社までのたった数分の間に、タッチのかっちゃんのようにいなくなれたらなあと思い描く。冷静な自分が頭の片隅にいて、「終わり方にヒロイズムを持ち込むなんて、寒気がするわ」と自己批判していた。
休日に友人の家に遊びに行った。そのとき友人と撮った写真が印象深い。黒いノースリーブのシャツを着た私の顔色が、パーソナルカラーがどうとかを超えてものすごく悪かった。笑顔なのに。
帰り際に件のアイドルグループを勧められた。友人に聞いたおすすめの動画をメモして「帰ったら見てみるね」と7割くらい社交辞令で言って帰った。就寝の支度を済ませて、そういえば動画を見ていなかったと思い出す。
動画はダンスプラクティスという類のものだった。MVとは異なり、ダンスを見せることが主目的の映像らしい。
動画を探す。あった。2年前の動画だ。友人曰く、そのアイドルグループのなかでも特にダンスの難易度が高い曲だと聞いた。
再生する。白い空間に数人の男性がいる。白いトップスにタイトな黒いボトム。画面全体が明度と彩度が抑えられている。クールな雰囲気だ。短いフレーズを男の人たちの声が歌い継いでいく。曲はサビに向けて激しさを増す。ダンスのことはよくわからないけれど、速いテンポでものすごく踊っていることはわかる。アイドルってこんなに踊るんだ。
次に、見たことがあるMVのダンスプラクティスバージョンを発見した。再生する。こちらはなんだかすごく楽しそう! スーツを着て表情豊かにコミカルなダンスをする男の人たち。遊んでいるみたいだ。
次は、映画の主題歌になっていた曲。黄色とオレンジ色の衣装がまぶしい。さっきの曲とは少し雰囲気が違う。爽やかな笑顔とチャーミングな振り付けだ。
曲だけでなく企画ものの動画も次々に見て、気づけば多彩な表情を見せてくれる彼らに夢中になっていた。いろいろなことに挑戦する彼らのまっすぐさとタフさと、見え隠れする不器用さが愛しくてまぶしかった。
薄暗かった視界が、彼らを見ている瞬間は明るかった。ハマって驚いたのは、供給量がとても多いこと。毎日のように何かしらのコンテンツが出る。私は急に生きる喜びを得てしまった。
以下は自問自答ファッションの先輩・ココさんのツイートで知ったエッセイの一部だ(ちなみにこの記事に登場するグループの、違う方を推してます🌹)。
私はあの夜、キラキラとした強烈なエネルギーを浴びた。定期的にキラキラを浴びて、10ヶ月くらいが経つ。だんだん「キラキラを放つこと」に憧れるようになっていた。舞台に立ってあんなふうにキラキラを放つことができたら。
文化祭、電気のスイッチを押す係
あきやさんの日記(ラーメンズの思い出)を読んで、高校生のときの記憶が蘇った。
私が所属していた武道系の部活は同期が5人。内、1人が男性だった。1年生のとき、私を除く女性3人は同じクラスで、3人はとても仲がよかった。
2年生になり、内1人と同じクラスになった。彼女は絵を描くことがすきで、漫画やコンテンツのツボが似ていたのでクラスではよく話した。彼女に教わった「ライチ⭐︎光クラブ」にハマって、一緒にコラボカフェに行った。あのときすきだったライチの同人作家さんは、いまや人気漫画家だ。
彼女はラーメンズがすきだった。彼女を発端に部活の仲良し3人組のあいだで流行っていた。2年生の文化祭では視聴覚室を借りて、3人でラーメンズのコントをやるという。話の流れで、私と1学年下の後輩が手伝うことになった。
後輩は舞台袖でラジカセを操作する係で、私は教室の後方で電気のスイッチを押す係だった。
私は彼女たちの舞台を見るまで、ラーメンズの舞台を見たことがなかった。以前から彼女に勧められていたが、見てしまうと彼女たち3人の輪に割って入ることになるような気がしていやだったのだ。あきやさんの日記を読んで、なんのしがらみもなく見ていたら何かが変わっていたかもしれないと思った。
舞台がはじまる。脚本の書き込みに合わせて、電気のスイッチを押す。十数人のお客さんの後頭部越しに彼女たちを見る。
コントは、ちゃんと練習をしてきたのだろうなという出来だった。本家を知らないから不明なところは多いけれど、おもしろかったと思う。見にきていたクラスメイトや先生たちからも評判だった。
彼女たちが自分で企画してつくった小さな舞台。私は、それを最後方から見ていた。私は舞台に立てない側の人間なのだ、と思った。
舞台に上がりたい
あれから、もう7年も経った。私は一体いつまで舞台を眺めていればいいのだろう。
友人に言われたことがある。私がバンドをやるとして、似合うのはベースかドラム。でも舞台に立つより裏方のほうが似合いそうと。たしかに、そうやって生きてきた。
幼稚園児の頃から人の帰り支度の世話をしていたらしいし、小学生の頃は引きこもりの子と必ず同じ班にされていた。中学生になると、先生からクラスで誰かがいじめられていないか確認された(知らん。カースト最下層に聞くな)。高校の担任は私のことをよく知らないはずなのに、感情移入をされて困った。
幼い頃から、他の子や先生を気にすることばかり。自分のことだけに集中する機会をずいぶん失ってきたのだなと思った。
そうやって生きてきた私が自問自答ファッションに出会って夢中になるのも無理はなかった。
「自分の人生の土俵にのる」
これは自問自答ファッションとムーンプランナーのイベントで出会った言葉だ。私はいまようやく自分を取り戻し、つくりあげている。
そして、気づいた。私はどうやら舞台に上がりたいらしい。この身を観衆の前にさらして、美しい生き物として目いっぱい生きて、キラキラを放ちたい。「目立ちたい」というのとは、少し違う。私は私のためにつくった小さな舞台に立ち、全身で叫びたいのだ。
見ろ! 私はここで、生きているぞ!!
こうして記事を書き読んでもらうことで、願望を少しだけ叶えることができている。記事を出したあとはいつも少しだけ手が震える。だが、これがいい。少なくとも、自分の心は震わせられているということだから。
おわり
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