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音楽へのあこがれ:ピアノを習わなかった私の物語

(この記事タイトルは、ChatGPT-3.5 に作成してもらいました)

某ドラッグストアの店内で流れているさわやかな音楽が、私の頭から離れない。ホームページを見たら、その楽曲をダウンロードできるようになっていたので、それをダウンロードし、コード進行を表示するアプリに読み込ませ、そのコードを頼りに、ピアノで弾いて遊んだりしている。しかしまあ、なんとお金のかからない趣味だろうか……。

私は、小学生の頃からピアノを習いたかったのだが、実は、今の今までピアノを習ったことはない。音楽に触れたのは、中学時代の部活での吹奏楽と、高校と大学でのオーケストラ部での活動だけだ。なので、やや偏った音楽の知識こそあれど、基本的な音楽の知識は、その辺の一般の人と変わらないのではないかと思っている。

しかし、実は、そんな中学時代のブラスの先輩から、調性と調号の関係というか、法則のようなものを教わったのは、今でも覚えている。おかげで、フラットやシャープなどによる各種長調や短調などの関係は、今でもある程度分かる。

 

そんな先輩も、今頃何をしているだろうか――と、何気なくネットで調べたところ、なんと! 結構有名な作曲家になっていて、とある有名音楽学校で先生もしていたのには驚いた! 確かにダントツにピアノがうまかったし、まあ納得がいく。多分、私が一番弟子なのは間違いないだろうから、機会があれば、一度ご挨拶したい(笑)。私も、それなりに元気に(趣味で)音楽やってますよ――と。

ちなみに、もう一人。後輩に、これまた狂ったようにピアノがうまい人もいたが、彼は、ピアニストになっていた(笑)。この2人、当時からピアノが上手なのは同じだったが、タイプが全然違った。先輩は、黙々と楽譜どおりに、まるで機械のように正確に弾きこなすタイプ。その反面、後輩は魅せる弾き方というか、当時のはやり音楽をアレンジしては、ひとりピアノで完成させ、両手を頭の上まで上げて弾いていたのが印象的。

共にスタイルが全く違うので、ライバルにもなっていなかったようだが、後輩の方が、先輩を敵視していたというか「自分の方がうまい!」くらい思っていたような印象がある。確か、先輩がピアノを弾き終わった直後に、同じ曲を強弱激しくアレンジして当て付けのように弾いていたような……まあ、それぐらいの野心がないと、演奏家としては生きていけないのだろう。しかし、2人とも音楽を仕事にできていてうらやましい。

有名人といえば、中学時代の一番の友人は、起業して、今や会社の社長だし、他には、芸能人になったクラスメイトもいたっけな……。みんなみんな有名になったな……私は、何をやっているんだろう。とりあえず、その先輩が作曲した楽譜が Amazon に売っていたので、記念にポチった。買うくらいなら私でもできる(笑)。

 

話を戻すが、社会人となってからの私の音楽活動は……10年ほど前から、ずいぶんと手軽なリコーダーにはまりだし、教則本を買ったり、アルトでは満足できず、ソプラニーノやクライネソプラニーノまで手に入れた。一応、ビブラートっぽい音を出したり、循環呼吸の練習もしたりしたが、まあ、技術を楽しんだだけであり、それを演奏には活かせていない……まあ、イタイ奴だ。

その後、ここ数年は、それよりももっと手軽な電子ピアノに落ち着いてしまった。特に最近は、左手での各種コードが、ほとんど苦でなくなったし、変に特殊なコードでなければ、ほぼほぼ初見で弾けるようになり、よりピアノが身近になった。

先ほどのドラッグストアの楽曲は、おそらく変ト長調(嬰ヘ長調)。それぞれ、フラットが6つと、シャープが6つか。楽譜の表記は異なれど、それぞれ同じ鍵盤の場所を弾く(同じ音を奏でる。)。ここ最近、私が弾いていた子ども向けの童謡などの楽曲だと、なぜかフラット系が多かったので、私は、変ト長調の方が弾きやすい(楽譜を読みとりやすい)か……。

変ト長調(嬰ヘ長調)といえば、実は《猫踏んじゃった》もそうらしい。どことなく、親しみのある調性だと感じたのは、これが原因だったのか?

 

しかし、今回は、なんとも取り留めもない文章となってしまった。自らエッセイストを名乗っていながら、こんなにもエッセイっぽい文章になったのは、note を始めてから初めてではないだろうか……。


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