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DASH村

個人的にDASH村を作ることにした。庶民的なアイドルのTOKIOに出来るのだから、生粋の庶民である私に出来ないはずはない。私とTOKIOの唯一の相違点は「人数」だが、その問題については村の規模を小さくするという方法で対処しようと思っている。大きさが変化しても濃度を保てば物の本質は変わらない、というのは学校の比率の授業で習ったのでそれを応用するつもりだ。私の30年間の人生で培った知識、技術、思想を詰め込んだ、私だけのダッシュ村を作る。そう考えると居てもたっても居られなくなり、さっそく私は材料を集めにホームセンターへ向かった。しかし、勢いよく入口を抜け買い物カゴを掴んだところではたと気付き、スマホを取り出して「村 定義」と検索した。そもそも「村の材料」はホームセンターで揃うのか。Wikipediaには、行政、公共団体などの難しい言葉が並んでいる。数回斜め読みしたが意味が全く頭に入らず、これは恐らく一つずつ真剣に理解しながら読み進めなければいけない文章だと直感したのだが、私の脳が親指に「3行以上の文字列は即刻スワイプしろ」と命令を出したため、その瞬間にWikipediaを写した画面は彼方に葬られ、代わりにホーム画面に設定したアヒル村長の写真が現れた。それを見て心拍数が正常値に戻るのを確認した私は、気を取り直してバス用品コーナーに足を向けた。一般の定義なんて関係ない。これは私だけの、私が定義したダッシュ村なのだ。とりあえずその日は、風呂に浮かべるアヒルのおもちゃを一つだけ買って帰宅した。

そして翌日、私だけのDASH村は早くもその姿を現していた。それは人から見ればただの風呂にアヒルのおもちゃを浮かべただけの風景だったが、これこそ私の考える、一切のノイズを排除した最も純粋なDASH村だった。この空間において私の存在はもちろんTOKIOであり、明雄さんであり、平野義和(番組のナレーターの人)だ。あとはこれが日テレで放送さえされれば完成となる。私はさっそくスマホを取り出して湯船の角に立て掛けた。そして画面の中にアヒル村長と自分の姿が収まっていることを確認し、録画ボタンを押す。動画の長さは番組の放送時間と同じく1時間。その間私は特にすることもないので、ただレンズを見て立っていたり、疲れたらしゃがんだりした。撮影終了。あとはこの動画をファイヤーストレージにアップし、 URLを日テレに送るだけだ。8Kの画質で撮影したため、恐らくアップロードには途方も無い時間が掛かることだろう。

そしてその後の私は、アップロードの進捗を示す緑色のバーを眺め続ける生涯を送り、96年の人生に幕を下ろした。結局、アップロードが無事に完了したのかはもう知ることができないが、私の死後、この一連の行いがYahoo!ニュースに載ったことによりSNSの狭い界隈で少しバズり、「DASHする」という動詞が不謹慎な意味のネットミームとして流行って繰り返し誰かを傷つけ続けたというのは地獄で聞かされた。

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