ホルスクエスト 第9話
第9話
暗い世界と塔のドラゴン
ホルスはケントリアという青年として、見知らぬ世界で目覚め、仲間らしき2人の人物と行動を共にする事にした。
正体がバレたらどうなるか分からないが、幸いにもケントリアというこの体の持ち主は、どこか抜けた所があるようなので、なんとか誤魔化せるかもしれない。
仲間のうちの1人、逆立った髪の大柄な男はゾルゾビア。
もう1人のメガネをかけた細身の男はプーメライ。
ぎこちない会話の中から彼らの名前を知ることができた。
ケントリアを含む3人は同郷の出身で、現在は「世界軍」という組織のメンバーとして軍事作戦に参加しているらしい。
作戦の内容は武器の運搬。
この隊の隊長であるプーメライの仕切りで倉庫から大砲のような物を見繕って3人で運び出した。
このくそ重い兵器を「デスクスの柱」という場所へ運ぶらしい。
それにしても何故こんな事になったのだろうか。
おそらくファルセンが持っていた例の「月の民とコンタクト」装置が引き起こしたんだろう。
装置から声が聞こえてきて会話ができる程度の物かと思っていたが、まさか知らない場所の知らない人物になってしまうなんて。
...そういえば装置には「意識」「交換」「月の民」と書いてあるとファルセンが言っていた。
文字通りケントリアという人物とホルスの意識が交換されたのだとしたら、向こうにケントリアが行っているはずだ。ニサンもいる事だし大丈夫だとは思うが...。
しかし、ちゃんと元に戻れるんだろうな...。
それにしてもこの世界には気になることがいくつもある。
例えば外が異様に暗い。
夜なのかと思ったが、ゾルゾビアとプーメライの会話からどうやらそうではないらしい。
まさか本当に夜空に浮かぶ月に来てしまったのか?
それ以上に驚きなのが、目的地である「デスクスの柱」の遠近感が狂うほどの巨大さだ。
岩山を縦に引き伸ばしたような、天然の塔のような見た目をしているのだが、高過ぎて頂上が全く見えない。
明るければもう少し全体が見えるだろうか?
とにかくその巨大さは、あのジャピタの巨大遺跡とは比にならない程の大きさだ。
他にも、ケントリアたちの風貌について。
彼らは褐色に淡い色の髪をしている。
これも月の民の身体的な特徴なのだろうか。
そんなことを考えている間に3人は塔にたどり着いた。
巨大過ぎて近くで見ると壁にしか見えない。
プーメライは上官に確認を取り、兵器を魔導部隊に引き渡した。
そのまま魔物の討伐に加勢するようにとの命令を受け、デスクスの柱内部へ入る。
デスクスの柱は外は自然にできた山のように見えたが、内部は人工物のようだった。
入口付近はがらんとした巨大な空間で、後付けで設置された不格好な昇降機で兵たちは上の階層とを行き来している。
進むにつれて部屋があったり階段があったり、複雑な造りになっている。
そしていたる所に魔物がいる。
プーメライとゾルゾビアは倉庫から様子がおかしいケントリアを気にかけていたが、2人の心配をよそにホルスは鮮やかな剣さばきで魔物をなぎ倒していった。
ケントリアが持っていた剣はホルスの物より少し短く湾曲している。
少し使い勝手は違うがこれはこれで扱いやすい。
突然放り出されたこの訳が分からないこの状況への不安や戸惑いをぶつけるようで気持ちが良かった。
ケン、そんなに強かったか?とゾルゾビアに怪しまてきたので、慌てて少しセーブした。
3人は出会う魔物を順調に討伐しながらいくつかの昇降機を乗り継ぎ、今までとは雰囲気の違う空間にたどり着いた。
広くて長い通路が伸びている。
その先から何人かの魔導兵が走って逃げてくる。
彼らはケントリアたちに気付いて、見逃してくれ!とだけ言い、下の階層へ降りていった。
逃げる事は軍の流儀に反するのだろう。
気ぃ引き締めていくぞ、とゾルゾビア。
3人は通路をまっすぐ進み、つきあたりの重い扉を押し開けた。
ついにこのデスクスの柱の守護竜・デスクスドラゴンと対峙した。
大きいな。思わずプーメライがもらす。
紫の鱗に覆われた荒々しくも気高い姿。これがドラゴンか。
月の者たちよ、とドラゴンが語りかけてくる。
そなたたちに悲願があるように、我らには太陽の王との約束がある。
つまりお互い負けられないって訳だな。ゾルゾビアが答え、ドラゴンは言葉ではなく低く唸った。
両者は少しの沈黙の後、闘気を爆発させて攻撃をしかけた。
先陣を切ったのはプーメライ。
魔力を宿した槍で敵の喉元を狙う。
デスクスドラゴンは無駄のない動きでそれをいなす。
その動きでドラゴンの重心が移った瞬間に、ホルスが軸になった前脚を狙う。
しかしそれも先読みされていたかのようにサラリと避けられてしまう。
避けた先を狙ってゾルゾビアが愛用の戦斧で巨体を活かした重い一撃を繰り出す。
やはり敵の対処は的確で、斧の軌道を爪で僅かに逸らした動作から流れるように尻尾を使ってなぎ払う。
瞬く間に3人は宙に舞った。
大丈夫か、と声を掛け合い立ち上がる。
その隙に敵のブレスが襲いかかる。
間一髪、プーメライの防御魔法でダメージを軽減。
ドラゴンは未来が見えるらしい、とプーメライが言う。
そんなものに勝てるのか?
ドラゴンの巨体から繰り出される重く素早い攻撃を受けた3人は、ダメージが蓄積して身動きが取りづらくなってきた。
このままではマズい。
その時ホルスは、剣を握る腕が熱を帯びるのを感じた。
ジャピタの遺跡でサソリのシッポを切り落とした時の、あの感じだ。
それを察したデスクスドラゴンは攻撃を止めた。
まさかそなたは...。
ホルスはその隙を突いて剣撃を放つ。
バチっという音とともに破裂した光がドラゴンに直撃した。
私の役目は終わったようだ。
と言い残してドラゴンは動かなくなった。
ケン!今のすげーやつなんだ!?
ゾルゾビアが興奮して寄ってくる。
プーメライもドラゴンの様子を警戒しながら近付く。
3人はドラゴンを倒した喜びよりも驚きが勝って、実感が湧かずにいた。
まさか一般兵がデスクスドラゴンを楽しちまうとはな。
そう言いながら部屋に入ってくる男が1人。
燃えるような髪を伸ばして、白いマントに身を包んだ人物だ。
その姿を見てプーメライとゾルゾビアは片膝を着く。
ワンテンポ遅れてホルスも習う。
偉い人だろうか。
あ、そのままでいいよ、と男。
君たちやるね、名前は?
プーメライとゾルゾビアが名乗り、ホルスも続く。
ホルスと言います。
あ、いや、あの、ケ、ケントリアです。
慌てて訂正する。
すみません、こいつ今日調子が悪いんですよ。
とゾルゾビアが一言添える。
デスクスドラゴンの討伐、ご苦労さま。
君たちに特別報酬を出すように軍に話を通しておこう。
男は気にせず話を続けた。
なんとか誤魔化せたか?
英雄ミケルセンさんに会えるなんて感激っす!
男が要件を話し終えると、ゾルゾビアが大声を出した。
なんと泣いている。
あー、わかった、わかったから!
英雄ミケルセンと呼ばれた男は、何かを思い付いたように少し話そうや、と3人をその場に座らせた。
よし、じゃあ特別にこの英雄ミケルセンが、この世界の現状を君たちに教えて差し上げようか。
プーメライとゾルゾビアは今更何を、といった様子で顔を見合わせる。
ホルスは情報を得られる事を期待する。
構わず話し始めるミケルセン。
この世界は「月の世界」。
そしてそこに暮らす我らは「月の民」。
我ら月の民には悲願がある。それは世界にそびえ立つ9つの塔を護る9柱のドラゴンを討伐すること。
残りのドラゴンの数は分かるかな?プーメライくん。
英雄ミケルセンはおどけて授業のような喋り方をしている。
残りはあと2体。
どちらも始祖の竜と呼ばれるドラゴンで、討伐の際には激しい戦いになると予想されています。
プーメライは見た目通りの優等生のようだ。
しかしデスクスドラゴンよりも強そうな竜をあと2体も倒そうとしているとは。
はい、その通り。
君たちが所属する「世界軍」はこの世界の3つの都市の軍が、塔のドラゴンを倒す為に集結した訳だが、ではなぜ、ドラゴンを討伐したいか、なぜそれが月の民の悲願か、分かるかな?ゾルゾビアくん。
もちろん!太陽の民という悪魔たちを根絶やしにして、この世界に光を取り戻すためっすね!
太陽の民が悪魔?
ホルスは耳を疑った。
月の民は太陽の民を敵視している。
そう、その通り。
我々から光を奪った憎き太陽の民。
彼らの世界を護るの9つの塔を破壊すれば...
動揺を隠しきれないホルス。
いつからかミケルセンはケントリアを通してホルスを見つめて話していた。
君、嘘がつけないタイプだね。
ホルスは意識が遠のいてその場に倒れた。
続く
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