[小説]記し #真実は藪の中
新学期。社会人の私は高校にいた。学生じゃないのに、先生って先生を呼んで、彼は私の先生だった。
担任を探してた。家族と遊園地に行くから休みますと伝えたくて。仮にも自称進学校で、社会人で高校生なのにそんなこと許されるんだろうかと「天の声」は疑問を投げかけらがらも、「私」は担任を探す。そしたら、先生がいた。
4月のはじめだったから、担任の変わる時期で生徒に担任を伝えるのはタブーのはずで、でも先生は沖田にならって教えてくれた。先生の顔をしていない先生が好きだった。教室にいる時みたいにみんなの先生じゃなくて、どことなく自然な先生の顔が好きだった。ただの思い過ごしで自己満足に過ぎないかもしれないけれど。
よく分からない欠席理由だったのに、担任の許可は簡単に下りて、私は姉と遊園地に行った。家族旅行のはずなのに、なぜか先生もついてくる。どうしてだろうと思って後ろを見ると、制服姿の高校生もいて、どうやら修学旅行のようだった。
私と目が合うと悪戯っぽく笑う先生が好きだ。
そんなことを考えていたら何故だか、いつの間にか秘密裏に手を繋がれていた。私は戸惑いながらも嬉しくて、だけどやっぱりそれ以上に困惑した。「嫌か?」と問われて答えに窮する私を面白そうに観察する先生を見て、やっぱり先生は全部知っていたんだなと思った。
姉にばれてしまうからと手を振りほどいてしばらくするとまた場面は暗転して、今度は和室の教室にいた。文化祭のようにこじんまりとした催しをやっていて、私はクラスメイトとその場にいた。しばらくすると先生が背後にやって来る。そして、そっと私の手を取って教室を後にする。
「何を考えているんですか」と呆れた様に言うと先生が笑う。多分、冷静な声とは裏腹に私の頬は赤みがかっていて、恥ずかしさで目を合わせられなかったことも見透かされていて、先生は私の口元に顔を寄せてくる。
私は、必死に拒んだ。
触れた指先の温かさも、重ねた唇の柔らかさも夢とは思えないほどに生々しくて、気持ちいいとさえ思った。だからこそ、私の心を見透かす「天の声」には私の行動は意外だったようで、流されてしまえばよいのにと声が聞こえる。
夢の中でくらい馬鹿みたいに恋愛に溺れればいいのに。
「嫌じゃないだろう?」と聞く彼に「最低ですね」と返しながら、彼にもこんな面があるのだと一夜限りの儚い夢を見たところで誰にも責められはしないのに。
目が覚めて、そう考えて、ああ違うんだなと思った。
誠実な先生が好きだった。
決して私の手の中には落ちてこない貴方。そして多分、一瞬でいいから、本当の意味でそんな貴方の一番になってみたかった。
おざなりな迫られ方が不服だったんだなと理解して、ふっと口元が緩む。どれだけ我儘なんだと我ながら呆れる。
だけど夢の中で手を繋がれて、得も言われぬ幸せな気持ちになったのも事実で、目覚めたときにまだあの人のことが好きなのだという絶望に似た何かだけが心に残った。
一体、何度失恋するのだろう。
ずっと忘れたままでよかったのに。