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窓と鏡と夜の街【滝澤諒】
脚本・演出を務めます、滝澤諒です。今回のお話を思いついた1日のことをまとめた半フィクションを書いてみました。ブログっぽくなくてすみません。長いので、ぼちぼち読み進めていただければと思います。では。
去年の8月のことだから、もう半年が経過したことになる。その日、祖母の通夜が終わって東京への帰途についたのは22時を回ってからだった。本来21時台に出発するはずの新幹線は、夕方に起こった震度5弱の地震と、それに伴って発表された南海トラフ地震臨時情報によって大幅に遅れていた。
京都駅の人混みの中で何とか買えたカフェオレを手に、指定席に座る。周囲の乗客の苛立ちが伝わってくるせいか、それとも単に慣れないことをした疲れからか、柔らかいはずの座席も妙に座り心地が悪く落ち着かなかった。
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徐行運転でいつもよりゆっくりと走る新幹線の中で、持ってきた小説にも集中できず、時々Xを開いたり閉じたりしながら、もうちょっと電話とかすれば良かったな、などと考えていた。
窓の外は真っ暗で、反射した自分の顔がくっきり映って見えた。カポーティは『クリスマスの思い出』という短編の中で、夜になったことを「窓は暗い鏡だった」と表現している。なんとなくそのことを思い出して、そういえばあの話も家族が亡くなる話だったなと連想した。
自分はどういう死に方をするんだろう、ということを職業柄もあって時々考えるが、その時もそんなことを思った。最期に言う言葉は(暫定的に)決めているけれど、果たして聞いてくれる人はいるのだろうか。
突然、静かな車内にアナウンスが流れて、思考は中断された。どうやらチケット代を払い戻してくれるらしい。ラッキー、と思った。
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午前1時半、東京駅に到着。案の定タクシー乗り場には長蛇の列ができていたので、その横を足早にすり抜けていく。
Googleマップによれば、自宅までは徒歩で約1時間半。革靴が少し不安ではあったものの、歩けない距離ではなかった。先のカフェオレはとっくに飲み干していて、手にしているのは駅で買ったカップコーヒーだった。確かホットと記憶している。8月にしては涼しい夜だったのだろう。
細かく味の調整が可能な、見たこともないタイプの自販機で売られていたのだが、駅員さんに聞いてみたところ、どうやら車内販売が廃止された代わりとして導入された機械らしい。便利になったかどうか微妙なところだ。こういう小さな変化が積み重なって、数十年したらまるっきり違った世界になっているのだろうなと思う。
自分は100歳まで生きるつもり(そうすれば20世紀、21世紀、22世紀を生きた人間になれるかもしれないから)なので、今のところ起承転結の起の部分にいることになる。それでも変化がたくさんあったのだから、これから一体どうなってしまうのか、楽しみで仕方ない。個人的には、そろそろ傘にイノベーションが起こってほしい。古代エジプトから何も進歩してないので。
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東京駅周辺の明るく人でごった返しているエリアを抜け、皇居のあたりまで来ると、一気に深夜のしんとした空気が戻ってきた。お堀の滑らかな黒い水面に、街灯の灯が微かに揺れている。
横断歩道の手前で、地べたに寝転んでいる女性がいた。隣にはスーツ姿の男性が座り込んでいる。どちらも同年代くらいに見えた。酔っ払ってんのかな、と思いつつ、女性の方の体が若干車道にはみ出ていたため心配になった。いや、親切心というよりは、誰でもいいから話したかった/関わりたかったのかもしれない。
数回躊躇してから、引き返した。大丈夫ですか、救急車とか呼びますか。あ、大丈夫です。男性が答えた。全然僕の方を見ていなくて、ちょっと怖かった。女性はというと、気を失っていたわけではなかったようで、涙交じりに、小声で訳のわからないことを呟き続けていた。
相手にされなかったことに若干の気恥ずかしさを覚えながら、横断歩道を渡り直した。しばらくして振り返ると、街灯の下でシルエットになった彼らは、同じ姿勢のままそこにいた。
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ああなるまでにあの2人の間にどんな物語があったのかは今でも気になるところだ。別れ話でもしていたのだろうか。
そういった、物語の種になりそうな出来事は、少し注意深くなるだけでけっこう出会うことができる。僕は人より少しだけ後先を考えない性質なので、そういう状況を見つけると大体にして首を突っ込む。それで痛い目を見たこともあるが(今回のように無視されるとか)、面白い経験ができることもある。お金をもらったこともある。
ポケモンのゲームで平凡なNPCがなぜか重要なアイテムを持っていたり(「かなめいし」とかね)、意味深な台詞を語り出したりということがあるが、現実生活においてそういうのを割と意識的に狙っているところがある。小さな偶然の出会いが、何か大きな変化をもたらしてくれるかもしれないからだ。セルフでバタフライエフェクトを起こすために、せっせと蝶の数を増やし続けているわけである。
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何か明確な目的を持って努力をしたり、環境を変えてみたりして自分に変化をもたらすという方法もあるとは思う。そうやって自分の意思で自分の人生を開拓していける人のことを尊敬している。けれど、人のやらない小さな変なことを積み重ねて、偶然に流されるままにどんどんおかしな方向に進んでいくというのも面白いのではないだろうか。振り返ってみて、あんな小さな出来事が今に繋がっているのか、となったら、それはとても面白いと思う。意外なところに伏線が仕込んである物語に惹かれるのだ。
ちなみに、大学時代、周囲の人が誰も手を出していなかった仮想通貨に手を出し、結局7万を失った。あまり賢い生き方とは言えないかもしれない。
水道橋あたりで面倒になって、タクシーを止めた。数千円は覚悟しなければいけないが、チケットの払い戻しでトントン、むしろ少し得をするくらいだと判断した。東京の夜景は明るく、窓は窓のまま、僕の顔を映すことはなかった。目まぐるしく上がっていくメーターに気を取られつつも、さっきよりずっと早い速度で流れていく景色を眺めていた。
自分の存在も、誰かに良い影響を与えることができていればいいなと思う。小島秀夫(メタルギアの作者)がエッセイで、遺伝子(GENE)ではなく、出会いや創作、行為等を通してその人の「影響」が周囲や後世へと伝わっていくことを、「MEME」(ミーム)と呼んでいたことを思い出す。
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祖母がいなければ、僕のこの夜の小旅行は存在しなかった。そして、あの2人に声をかけることもなかった(お節介なところは受け継いでいるところがある)。そういう意味で(それ以外にもきっと色々あるけれど)僕はきちんとGENEもMEMEも受け継いでいるわけだ。誰であれ、生きている(た)ということは、何かしらの影響を誰かしらに及ぼさないではいられない。
そういえば、世界中の人が東へ歩いたら地球の自転を遅くできるという話がある。スケールの大きな話だ。一人一人の小さなMEMEも、絡み合って大きな物語になれば、それはきっと何か大きなものを動かす力を持つはずだ。演劇にも、そういう一面があるのではないだろうか。もっと色々な人の物語を知って、関わって、自分の物語も相手の物語も面白くしていきたいものだけれど。
タクシーは、水道橋から池袋へ、西へ西へとひた走る。朝の到来を、ほんのほんの少しだけ早めながら。早く次の脚本を書きたいなと思った。ぼんやりと今回の劇の輪郭が浮かび上がってきたのは、その時だったように思う。
最後までお読みいただきありがとうございました。こんなふうにして生み出された今回の「とけないアイスがあるとして」、ぜひご覧ください。
***
劇団トワズガタリ 名前のない演劇祭A
『とけないアイスがあるとして』
脚本・演出 滝澤諒
いつか富士山が見えた窓、暗い鏡になった窓。新幹線は夜を駆け、地球は今日も廻り続ける。
◆出演
宇佐木 川上頌太 高尾友季
◆日程
3/15 (土) 第2部17:30〜
3/22 (土) 第1部15:00〜
*1 部につき2 団体の公演があり、両公演併せて60 分となります。
*チケットは1部につき1 枚です。
*開演30 分前に受付・開場いたします。
◆料金
応援チケット 3000 円
一般 2500 円
U22 2000 円
高校生以下 1500 円
リピーター 1000 円
ご予約:https://shibai-engine.net/prism/pc/webform.php?o=74fhlenm
◆会場
北池袋新生館シアター
東京都豊島区池袋本町1-37-8 中村ビル 2F
アクセス
東武東上線・北池袋駅(池袋駅から1 駅)から徒歩30 秒
埼京線・板橋駅 西口より徒歩10 分
※お時間に余裕を持ってお越しください。
◆スタッフ
主宰 葦ノ芥
副主宰 高尾友季
舞台監督 葦ノ芥
演出助手 葦ノ芥 柚木弥桜
照明 小畠佑介
音響 佐藤愛佳
宣伝美術 葦ノ芥
衣装 YUKI
小道具 YUKI
制作 杉咲律 野口ふく
広報 羽尻結衣
◆お問い合わせ
名前のない演劇祭
連絡先:no_name_theatre@yahoo.co.jp
X:@no_name_festa
劇団トワズガタリ
連絡先:gekidan.towazugatari@gmail.com (制作 杉咲)
X:https://twitter.com/_towazugatari
Instagram:https://www.instagram.com/__towazugatari/?igsh=bGc3NTNxYzVncWJq
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